パートナーシップを通じて進歩をもたらす
Abdul Latif Jameel Healthの特別顧問に就任したジェームズ・J・コリンズ教授との質疑応答
世界における良質な医療へのアクセシビリティを向上させるというミッションの一環として、Abdul Latif Jameel Health(アブドゥル・ラティフ・ジャミール・ヘルス)はつねに、世界的なバイオテックおよび医療業界の主要な組織、研究者やイノベーター、指導者たちとのパートナーシップ構築を模索しています。
2021年5月、ジェームズ・J・コリンズ教授が特別顧問に就任しました。コリンズ氏は、マサチューセッツ工科大学(MIT)医工学研究所(IMES)および生物工学部の医工学部教授です。
合成生物学およびシステム生物学の領域において先駆的な研究グループを率い、感染の検出や治療といった目的のタスクを実行するためにバクテリアを含む生物を「リプログラミング」するという、斬新で画期的な方法を開発しています。これにより、より低価格な医薬品、迅速な診断検査、抗生物質の効かない感染症やさまざまな複合疾患のより効果的な治療が生み出されるかもしれません。
MITの同僚であるレジーナ・バージレイ氏とともに、コリンズ氏は2018年の設立以来、MITにあるAbdul Latif Jameel Clinic for Machine Learning in Health(Jameel Clinic/ジャミール・クリニック)の共同教職員リーダーを務めています。
彼の研究や、Abdul Latif Jameel Healthにおける新たな役割、そして世界の医療の未来に対するビジョンについて、コリンズ教授に話を伺いました。
現在の職務の概要を教えてください。
医工学研究所および生物工学部の医工学部教授をしています。また、Jameel Clinicの共同教職員リーダーでもあります。モハメッド・ジャミール氏とそのファミリーの惜しみない支援により設立されたJameel Clinicは、医療の課題へのAIの適用に向けたMITでの取り組みを集積させる中核としての役割を担っています。
また、MITでの役職に加え、ハーバード大学ヴィース研究所の創設時からの教授会員であり、またMITとハーバード大のブロード研究所の研究会員でもあります。私の主要な研究テーマは2つあり、それは合成生物学と抗生物質の研究です。この2領域は、私たちの知識や能力を進化させるためにますますAIの可能性の活用が進んでいる分野です。
初めてAbdul Latif Jameel Healthを知ったのはいつでしたか?
モハメッド・ジャミール氏とジャミール・ファミリーとはすぐに知り合いになり、同時にCommunity Jameelともつながりができました。そして、彼らがトランスレーショナル医療の研究に幅広い関心を持っていることも知りました。Jameel Clinicに携わるようになって1年も経たないうちに、Abdul Latif Jameel Healthについてより詳しいことを知るようになったのです。彼らが掲げるミッションは、私自身のアプローチと深く共鳴しており、顧問として招かれたことを大変うれしく思いました。私の基本的な役割は、Abdul Latif Jameel Healthが投資やパートナーシップに関する有望な機会を評価する際のサポートです。例えば、最近のEvelo Biosciences(エベロ・バイオサイエンス)やCellarity(セラリティ)との提携などのケースです。
現在、グローバルな医療が直面する最大の課題は何だとお考えですか?
大多数の人が、世界的な医療問題はもっぱら感染症に関連するものと考えています。私自身の専門領域においては、感染症、特に抗生物質の研究を行っており、現在は新型コロナウイルスの影響もあり抗ウイルス剤に取り組むようになっています。しかし一方で、がんや神経変性疾患などの非感染症について新興国が抱える深刻な問題が、正当に評価されていないという局面もあります。
ですから、より大きな課題は、感染症と非感染症のいずれにおいても、低価格で誰もが享受できるような卓越した進化をいかに起こせるかです。
これまで、世界的な公衆衛生の取り組みのほとんどは、非営利の領域においてなされてきました。Abdul Latif Jameel Healthのミッションの1つは、有意義な変化を起こそうとする市場の力や後押しを利用して、営利的な観点からそれらをどう達成できるかを考えることです。
個人的なレベルでは、私の関心の大部分は感染症の分野にありますが、徐々に私たちは、AIや合成生物学のさまざまなツールを他の複合疾患に活用し、世界のより幅広い医療の課題に対応させていく方法を検討しはじめています。
AIやビッグデータ、機械学習などのテクノロジーが、どのように医療分野のイノベーションを推進しているのか、いくつか例を挙げていただけますか?
まず抗生物質については、Jameel Clinicでの活動の一環として、レジーナ・バージレイとトミ・ヤッコラと一緒に、抗生物質耐性の危機に対応するためにAIの力を活用できるかどうかの共同研究を行いました。私たちはAIモデルの試験的訓練を進め、ハリシンという強力な新抗生物質を特定することができました。ハリシンは、多剤耐性や広範囲薬剤耐性、超耐性病原体をはじめとする幅広い種類の病原体に対して非常に効果の高いものです。
その後、そのモデルを15億の分子からなる巨大ライブラリに適用し、わずか数日で多数の新たな抗生物質候補を発見できました。
ハリシンと同様に、AIを使用して新たなクラスの抗生物質を設計し発見するという目標のもと、私たちは現在、Jameel Clinicを通じ、MITで抗生物質AIプロジェクトを立ち上げています。
合成生物学の分野では、無細胞抽出物で人工合成遺伝子回路を使用できることを、私たちはすでに明らかにしています。無細胞抽出物の場合、生細胞から「構造」部分を取り出すことができます。さらなる進展により、これらの無細胞抽出物が合成遺伝子回路と一緒に紙の上でフリーズドライとなり、低価格な紙ベースの診断法を生み出せる可能性が示されました。
おそらく最も驚くべきものは、新型コロナウイルスのパンデミック中に、Jameel Clinicの後押しも得て、合成生物学を新型コロナウイルスのフェイスマスク診断の開発に活用できる可能性があると示したことです。わずか数分で、新型コロナウイルスへの高い反応と特異度が示される結果を提供できる可能性があります。つまり、そのマスクをつければ、自分が新型コロナウイルスに感染していることがわかるようになるかもしれません。
それらの進展は、実用化まであとどのくらいかかりますか?
ハリシンについては、現在、臨床試験の可能性へ向けて進んでいるところです。毒性を調べ、その毒性に対応する類似体を開発し、薬剤的特性の追加的側面を調べています。
紙ベースの診断に関しては、MITとは別の会社としてSherlock Biosciences(シャーロック・バイオサイエンシズ)があります。同社は、当社の合成生物学のプラットフォームをもとに、米食品医薬品局(FDA)の認証を受けた新型コロナウイルス診断を開発しています。これは現在、複数のグローバル診断企業や、ネパール政府の検査に採用されています。Sherlock Biosciencesと彼らのパートナーは現在、私たちの技術を利用し、世界各地で毎月1,000万件の新型コロナウイルス検査を行う準備を進めています。
診断用フェイスマスクは、まだ学術研究の段階です。商業化はまだ先になりますが、これをMITとヴィース研究所の研究室内での実験から、どのようにして地域の薬局で手に入る製品にしていくかを探究するのは、興味深い機会だと思います。
これらのイノベーションを、裕福な国だけのための医療とするのではなく、世界全体へと確実に普及させることは、どのくらい重要ですか?
教育者として、また起業家として、これらのテクノロジーをすべての人々が確実に利用できるようにすることは、私のミッションの重要な部分を占めています。特に米国において当社は、世界への影響ではなく利益のために事業活動を行う企業をあまりにも頻繁に目にします。私にとっては、世界への影響は利益よりもずっと大切です。何百万ドルもの金を稼ぐ商品より、何百万もの人々に役立つ商品を実現させたいと思います。
新型コロナウイルスのパンデミックは、人々がこの点を考えるきっかけになっていますか?
なっていると思いますが、まだ十分ではありません。残念なことに貪欲さは、この世界で非常にパワフルな推進力です。
そのために当社は、Sherlock Biosciencesを通じて221bファンデーションという基金を設立しました。名称は、シャーロック・ホームズの架空のロンドンの住所にちなんでいます。
私たちは、新型コロナウイルス関連の製品の全収益をこの基金へ寄付しています。また、CRISPR診断関連の特許のすべてを、それにより得た収益を基金へ還元するという理解のもと、新型コロナウイルス診断の開発を目指すあらゆる組織に使用可能にしています。
これらの収益は、機会の少ないマイノリティの人々へのSTEM(科学・技術・工学・数学)発展のために付与され、より多くの若い世代の人々がSTEM科目を学び、技術の発展と世界的な医療の課題に取り組んでいくことを奨励しています。
Jameel Clinic全体としては、これらの問題にどのように対応していますか?
Jameel Clinicは、およそ3年前の2018年に設立されて以来、多くの画期的なプログラムを実施してきました。
パンデミックの渦中にも、AI Curesというプログラムを立ち上げました。これは、AIを進化させ、新型コロナウイルスを含む新たな病原体に対応することを目的としています。このイニシアチブの一環として、世界中の研究者たちがアクセスできるよう、多くの興味深いデータセットをまとめることができました。
レジーナ・バージレイとトミ・ヤッコラ、また多くの大学院生の協力を得て、私たちはAIを、例えば新型コロナウイルス感染症を引き起こす病原体である新型コロナウイルスに対処する効果的な組み合わせの開発などにも活用しています。
医療分野のイノベーションにおいて、AIやビッグデータ、機械学習がそれほどの飛躍的要因となっているのはなぜでしょうか?
AIとビッグデータにおける重要な側面は、それらのリソースにより、私たちの脳だけではとても扱いきれない生物学と化学の大規模な複雑性を扱えるようになっていることです。
最も単純な生細胞であるバクテリアでさえ、私たちがこの地球上で設計しうる最も複雑な機械よりもずっと複雑です。そのような生体システムが、数十億年かけていかに進化を遂げたのかを包括的に理解することは、事実上不可能です。
同様に、私たちの開発している医薬品が、生細胞や細胞群の複雑な生態にどのような効果を与えるかを理解することは、とてつもなく難しいことです。ビッグデータやAIは、それを実現してくれます。これらのテクノロジーを使用することで、以前には不可能だった、大規模な生細胞の生態への問いかけができるのです。そうすることで、私たちは分子間の相互作用を理解し、生細胞内のすべての奇跡的な構成要素において、どんな相互作用が健全な状態を生み出し、またどんな相互作用の失敗が疾病状態を生み出すのかについて、よりよい洞察を得ることができます。これらの理解により、疾病状態や傷ついた状態を改善し修復するためにどう介入しうるかの特定が、可能になります。
これらのテクノロジーの可能性は、まだ完全には解明されていないのでしょうか?
まだまだです。AIを医療分野の課題に適用させる試みは、始まったばかりです。私たちは、AIとビッグデータが情報世界とインターネットに多大な影響を及ぼすのを目撃してきました。しかし、生物学と医学の分野では、ビッグデータは未だ初期段階です。今後10年か20年でさらなるデータが収集され、利用可能になるにつれて、ますます進化していくものと思われます。Jameel Clinicのミッションの1つは、次世代の医療研究者を学際的に活動できるよう訓練することです。そうすることで彼らはAIや機械学習と生物学および化学の両分野の専門知識を持ち、テクノロジーと科学、そして医学が交わる界面で、患者さんに役立つ飛躍的進歩を起こせる仕事ができるようになります。
先を見据えたとき、世界の医療の中長期的な未来像はどのようになると思いますか?
このパンデミックがもたらした数少ないメリットの1つは、若い世代の人々が、関心を向けるべき深刻な課題として、感染症の重要性に気づきはじめたことだと思います。今後、より多くの若い才能が、感染症と世界的な保健の分野に参画し、感染症の早期発見と治療、そして予防に関する現在のノウハウと能力を前進させてくれるはずです。
将来的には、生物医療において目覚ましい変化と進化が起こることは確実です。ビッグデータやAI、合成生物学などの先端技術が、世界中のよりよい病理診断、治療、疾病予防の発展に与える影響はますます拡大するでしょう。それが経済効率のよい、願わくはすべての人々の手が届く形で実現することを期待しています。