地球温暖化を1.5℃以下に抑えることは可能なのでしょうか? 二酸化炭素(以下 CO₂)の排出にかけて、人類を超えるものはありません。驚くことに、過去300年のCO₂排出量の半分以上は、1980年以降に排出されています。[1]幸い、CO₂を除去するための技術も着実に進化してきています。CO₂排出量の削減だけでは、地球の脱炭素化を達成するまでに何十年もかかることを考慮すると、CO₂の回収は必至です。

CO₂回収・貯留技術は、短期的な地球温暖化の防止策になるのでしょうか?

CO₂回収・貯留技術とは?

CO₂回収・貯留技術(CCS)とは、製造工程や発電の過程で排出されたCO₂を集め、圧縮して輸送し、地中深くの岩石層に貯留する技術のことです。一方、CO₂回収・有効利用・貯留技術(CCUS)は、回収したCO₂を商業製品に変換します。

Carbon Capture

国際エネルギー機関(IEA)は報告書の中で「CO₂回収・有効利用・貯留技術(CCUS)は、重工業の低炭素化とCO₂の除去の両方の面から、不可避なCO₂の排出を相殺できる唯一無二の技術であり、CO₂排出量実質ゼロに向けた目標の達成に不可欠である」と述べています。

CO₂回収技術は、実用化から約50年が経過している実証済みの技術です。

しかし、その普及は著しく遅れています。

国際的シンクタンクのグローバルCCSインスティテュートが2019年に発行した報告書によると、CCS施設は世界にわずか51基しか存在しておらず、そのうち操業しているのは19基のみです。大部分は米国とカナダにあり、残りはヨーロッパやアジアに点在しています。CCUS施設を併設している発電所はわずか2基で、いずれも北米に設立されています。 

 

CO₂の商用利用

CCUSで一般的なのは、原油増進回収法(EOR)と呼ばれる手法への利用で、石油会社を中心にCO₂を販売しています。また、CO₂は炭酸水はもちろんのこと、合成燃料、化学品、建材、医薬品の製造や下水処理などにも利用が可能です。さらに(発電を含む)工程でCO₂をフィードストック(化学原料)や作動流体として使用したり、ポリマーや炭酸塩への変換、コンクリート養生、炭酸塩鉱物化などに再利用する新興市場や成長市場も見られます。

主なCO₂排出源に対する集中対策

Abdul Latif Jameel(アブドゥル・ラティフ・ジャミール)の社長代理兼副会長、ファディ・ジャミールが、脱炭素化に関するSpotlight記事の中で述べているように、CO₂回収技術は「実質ゼロ」目標の達成に不可欠であり、現在のコモディティ価格において最もコスト効率の高い方法です。IEAでは、再生可能エネルギー、バイオエネルギー、水素に並び、CCUSを世界的なクリーンエネルギー移行の4つの柱のひとつとして掲げています。[2]

回収したCO₂の主な利用法には、以下の4つが挙げられます。

  1. 重工業の脱炭素化

Perspectives記事『産業部門の脱炭素化』でも詳しく解説していますが、現在、重工業は世界のCO₂排出量の20%以上を占めています。[3]残念なことに、鉄鋼、化学製品、セメントなどの工業製品の製造で発生するCO₂排出量を削減するのは、技術的に困難であったり、膨大なコストがかかります。工程に超高温が必要なため、現在の再生可能エネルギーの供給量では、化石燃料に及ばないのです。[4]代替策として、排出したCO₂を回収することが不可欠になります。CCUSは、天然ガスの製造で排出されるCO₂を回収できる唯一のソリューションです。

  1. 現行の発電所・工場施設の改修

現在の発電所や工場施設は、改修工事を実施しない限り、老朽化による操業停止までに約20年分に相当するCO₂(600 GtCO₂)を排出する可能性があることが指摘されています。特に火力発電所は、2019年の世界的なCO₂排出量の3分の1を占めており、2050年でも最大60%は操業を継続している可能性があります。[5]鉄鋼業の見通しも芳しくありません。こうした発電所や工場施設の生産量を維持して地元の経済を保護しつつ、CO₂排出量を大幅に削減するには、CCUSしか方法がないのです。

  1. 低炭素水素燃料の製造

燃焼時にCO₂をほとんど排出しない水素エネルギーは、化石燃料に代わるエネルギー源として、発電、輸送・交通、重工業、構築環境などの分野での活躍が期待されています。CCUSを活用すれば、コスト効率よく水素を製造できます。水素のエネルギー密度は、航空燃料の代替燃料にも適しています。(他の唯一の選択肢は持続可能なバイオマス燃料ですが、これは供給量に限度があります。)

  1. CO₂の直接空気回収

工程によってはCO₂の回収が難しい場合もあります。幸い、CO₂は、直接空気回収・貯留(DACCS)技術により大気中から直接回収し、持続可能なバイオマスに固定化することが可能です。この方法は、過去のCO₂排出量のカーボンオフセットを検討する企業の間で急速な人気を得ています。直近では、カナダ最大手企業のShopifyが1万トン相当のCO₂[6]を回収すると発表しました。

コスト低減化がカギ

IEAが指摘しているように、CO₂を回収せずに排出量を削減しようとすると、膨大なコストが生じます。CO₂の回収コストに関する報告書の中で、IEAは次のように述べています。

CCUSの普及を急がなければ、開発段階の高コスト技術に依存せざるを得なくなり、クリーンエネルギーへの移行が複雑化するだけでなく、膨大なコストを伴うだろう。その例として、セメントやバージン鉄の製造に使用される超高温加熱炉の電動化が挙げられる。[7]

しかし、CCUSは必ずしも低コストとは言えません。既存施設の改修工事や、CO₂の輸送設備・貯留インフラの整備を実施するには多額の初期費用がかかります。大型施設は経済性の面では優れていますが、当然ながら委託コストも高くつきます。複数のプロジェクトが共同で資金調達を行い、商業リスクを分散させることも困難です。(また、鉄鋼のように低価格のコモディティは、わずかな粗利率の低下でも深刻な問題を招きます。)

CO₂の回収は、化石燃料の使用を正当化する手段として見られることが多く、風力発電や太陽光発電の電気料金が大幅に値下がりしていることも重なって、産業界や一般市民へのアピールに欠けるかもしれません。また、貯蔵施設がなければCO₂を回収する意味がなく、CO₂の供給がなければ貯蔵施設の建設に投資する意味がないという、堂々巡りの問題もあります。さらに、新型コロナウイルス感染症の世界的拡大やそれに伴う経済の低迷により、投資が滞り、CCUSの最大収入源であるEORのCO₂需要も落ち込んでいます。

上記の課題に加え、CO₂排出量の削減目標を迅速に達成しなければならないことも、問題を複雑化しています。一体、CO₂回収の大幅な普及拡大は可能なのでしょうか?

政府の支援策

市場だけでは解決できない問題もあります。クリーンエネルギーやエネルギー効率化技術への世界的な投資のうち、CCUSが占める割合はわずか0.5%以下です。[8]CO₂回収事業の市場規模を拡大し、施設の数を大幅に増やすには、政府の速やかな行動が不可欠です。万能策はありませんが、助成金、税制優遇措置、カーボンプライシング、補助金、各種規制、CCUSプラントの低炭素型製品の公共調達など、様々な対策を組み合わせてイノベーションを推進し、CO₂回収事業の促進を図ることは可能です。

様々な進展も見られます。特に、CO₂排出量実質ゼロに向けた目標を採択する国が増えていることは、CO₂回収を後押ししています。2020年8月時点で、世界14か国および欧州連合(EU)が「実質ゼロ」目標を採択または提案しており、その他100か国も後を続くとみられています。[9]また、政策上の優遇措置により、CO₂回収が経済的に実現しやすくなっています。米国では、2018年にCCSに対する連邦税制優遇制度(45Q)が成立し、CO₂の貯留やEORへの利用に対し、魅力的な優遇措置が設けられています。[10]また、EUイノベーション・ファンドも2020年以降、CCUSやその他のクリーンエネルギー関連プロジェクトに数10億ユーロの支援金を拠出しています。[11]

IEAの報告によると、2020年はコロナ禍であったにも関わらず、政府や産業界はCCUSに対し、45億米ドル以上の資金調達を確約しています。[12]また、2017年以降、30基のCCUS施設の建設計画(総額270億米ドル相当)が発表されています。ほとんどは米国とヨーロッパが中心ですが、オーストラリア、中国、韓国、中東、ニュージーランドでも建設計画が進んでいます。IEAは、こうした建設プロジェクトがすべて順調に進めば、世界的なCO₂回収容量は、現在の3倍以上(年間130トン程度)に伸びると予測しています[13]

イノベーションと投資

政府の支援に加え、民間研究開発投資も以下のようなCO₂回収事業の商業的魅力を高めるのに有効です。

コストの低下:現在、CO₂回収施設を併設している火力発電所は2基しかありませんが、この2基のコストの違いが、コスト効率化の可能性を示唆しています。2017年に操業開始したテキサス州ヒューストンのペトラ・ノヴァ火力発電所は、2014年から操業しているカナダのバウンダリーダム火力発電所に比べて、回収コストが30%低下しています。ペトラ・ノヴァ火力発電所の回収コストは1トンあたり65米ドルですが、現在では、それ以上のコスト削減も可能と言われています。インターナショナルCCSナレッジセンターは、火力発電所の改修により、1トンあたり45米ドル程度までコストを下げることが可能だと述べています。今後、施設の数が増えるほどコストは低下していくでしょう。現在のところ、中国、韓国、米国の最大10基の火力発電所で改修計画が進んでいます。

投資やインセンティブの強化:IEAは「CO₂の再利用を促進するスタートアップ企業への世界的な民間投資は、過去10年で約10億米ドルに到達した」と報告しています。NRG COSIA Carbon XPrizeなどの国際コンペティションも、CO₂変換技術やCO₂応用技術の追い風になっています。

直接空気回収技術(DAC):現在は、小規模なDAC施設が複数操業しており、将来に向けて様々な建設計画が進んでいます。大手デベロッパーは、DAC技術の研究開発に向けて、約1億8,000万米ドルの民間資本と1億7,000万米ドル以上の公的資金を調達しています。現在、スイスのClimeworks(クライムワークス)は、アイスランドで直接空気回収・貯留(DACCS)プラントの拡張を進めています。この事業は、CarbFix2プロジェクトの一環として年間数千トン規模のCO₂を回収することになる予定です。[14]

アイスランドのヘトリスヘイジ発電所 – 画像提供 © アルニ・ゼベルク(2020年)スイスのClimeworks、CO₂貯留技術を持つアイスランドのパートナー企業Carbfix(カーブフィックス)、アイスランドの地熱発電会社ON Power(オン・パワー)は、大規模なCO₂空気回収・貯留プラントの建設に向けて基盤整備を行う契約を締結した。完成後は、年間4,000トン相当のCO₂が大気中から永久除去される。

テキサスでは、カナダのCarbon Engineering(カーボンエンジニアリング)と米国のOccidental Petroleum(オクシデンタル・ペトロリウム)が提携を結び、年間100万トンのCO₂を回収してEORに再利用するCCUSプラントの建設計画を進めています[15]

規模の拡大が普及化の糸口に

CO₂回収事業の商業的価値を高め、急速な普及を促すには、巨大な共有インフラストラクチャの構築が必要です。オーストラリア、ヨーロッパ、米国では、そのような「CCUSハブ」12基の建設が進んでおり、その多くは低炭素水素の製造を視野に入れています。

CCUSハブは、回収・輸送・貯留の一連のプロセス(CCUSチェーン)で発生するコストを共有することで、商業リスクや財務リスクを抑える働きがあります。また、イニシャルコストが高くても、長期的な経済性を考慮し、意図的に大規模な設計が行われています。こうしたCCUSハブを活用すれば、専用の輸送設備や貯蔵施設を持たない比較的小規模な工場施設でもCO₂を回収できるようになります。また、雇用維持や既存のインフラストラクチャの有効活用、サプライチェーンの保護などの面でも有効です。

大規模なCO₂回収事業の有効性を実証するプロジェクトには、次の3つがあります。

ノルウェーのノーザン・ライツプロジェクトは、Shell(シェル)、Total(トタル)、Equinor(エクイノール)の3社で構成される合弁事業です。複数の工場施設から排出されるCO₂を回収し、ノルウェー沿岸の陸上ターミナルに輸送して、そこから液化CO₂をパイプラインで北海の海底貯蔵施設に輸送します[16]。ノーザン・ライツは、ノルウェー政府が総額168億クローネ(約18億米ドル)を拠出する大規模な環境プロジェクト『ロングシップ』の一環として実施されます。[17]

英国のゼロ・カーボン・ハンバープロジェクトは、北海の海底1.6km下にある「エンデュランス」と呼ばれる塩水性帯水層に膨大なCO₂[18]を貯留する取り組みです。National Grid(ナショナル・グリッド)、Drax(ドラックス)、Equinorを含む官民共同出資による7,500万ポンドのプロジェクトで、英国で最もCO₂排出量が多い工業地帯として知られるハンバー地域での脱炭素化を加速するものとして期待されています。National Gridは、CO₂回収技術と再生可能エネルギーを活用することで、2033年までに英国の発電所がカーボンネガティブ(CO₂の吸収量が排出量より多い状態)になる可能性を示唆しています。

「英国最大の工業地帯として知られるハンバー地域は、雇用の維持と創出を図りながら、脱炭素化を実現する可能性を秘めています。それを実現できるかどうかは、今後、輸送・貯留インフラストラクチャを整備して、CO₂の排出源となっている工場や発電所が回収技術を導入しやすい環境を提供できるかどうかによります」とNational Grid Ventures(ナショナル・グリッド・ベンチャーズ)の取締役社長、ジョン・バターワース氏は語ります。

カナダ、アルバータ州のCO₂幹線パイプライン(ACTL)は世界最大級のCO₂パイプラインです。「現在のオイルサンド全体の約20%、あるいはアルバータ州の乗用車300万台以上に匹敵するCO₂排出量」である、年間最大1,460万トンのCO₂輸送を実現します。パイプラインは全長240kmにわたり、その約90%は未来のCO₂の排出源を考慮して設計されています[19]

CO₂の回収は喫緊の課題

CO₂回収技術だけでは、地球温暖化を解決することはできません。地球温暖化に立ち向かうには、国際的な連携の下で再生可能エネルギーの拡大産業部門の脱炭素化エネルギー対策新たなモビリティシステムの確立食料安全保障の見直し給水システムの強化都市の再設計などに取り組み、温室効果ガスの排出削減を図る必要があります。しかし、既存の工場や発電所がCCU技術を導入し、回収したCO₂が幅広く応用されなければ、「実質ゼロ」目標の達成は考えられません。

長期的な変革を推進するためには、産業界、商業界、政府機関、地域社会が共に手を取り合い、相互協力の下にパートナーシップを確立することが重要です。

Abdul Latif Jameelは、再生可能エネルギー事業に特化したFotowatio Renewable Ventures(FRV)の太陽光/風力発電プロジェクトや、世界的な水のアクセス問題に取り組むAlmar Water Solutions(アルマー・ウォーター・ソリューションズ)を通じて、様々な国際問題の克服を目指しています。また、クリーンな再生可能エネルギーを推進するClean, Renewable and Environmental Opportunities Syndicate(CREOシンジケート)に加盟している民間グローバル企業と提携しながら、気候変動対策への官民投資を促進しています。

CO₂の回収は、地球温暖化に対する長期的な解決策にはならないかもしれません。しかし、産業部門の脱炭素化や、パリ協定で合意された地球温暖化対策の目標を達成する上での短期的なソリューションにはなり得ます。政府の優遇措置や民間投資により、今後10年でCO₂技術が大幅に普及すれば、グリーンエネルギーへの移行を促進する重要な役割を果たす可能性があります。

[1] https://climate.nasa.gov/news/2915/the-atmosphere-getting-a-handle-on-carbon-dioxide/

[2] https://www.iea.org/reports/energy-technology-perspectives-2020

[3] https://www.epa.gov/ghgemissions/sources-greenhouse-gas-emissions

[4] How industry can move toward a low-carbon future, マッキンゼー社(2018年7月)

[5] https://www.iea.org/reports/ccus-in-clean-energy-transitions/a-new-era-for-ccus#growing-ccus-momentum

[6] https://www.scientificamerican.com/article/direct-air-capture-of-CO₂-is-suddenly-a-carbon-offset-option/

[7] The Role of CO2 Storage – Analysis – IEA

[8] https://www.iea.org/reports/ccus-in-clean-energy-transitions/a-new-era-for-ccus

[9] https://news.un.org/en/story/2020/12/1078612

[10] https://www.globalccsinstitute.com/wp-content/uploads/2020/04/45Q_Brief_in_template_LLB.pdf

[11] https://ec.europa.eu/clima/policies/innovation-fund_en

[12] https://www.iea.org/commentaries/is-carbon-capture-too-expensive

[13] https://www.iea.org/fuels-and-technologies/carbon-capture-utilisation-and-storage

[14] https://www.carbfix.com/

[15] https://www.american.edu/sis/centers/carbon-removal/fact-sheet-direct-air-capture.cfm

[16] https://www.equinor.com/en/what-we-do/northern-lights.html

[17] https://www.nsenergybusiness.com/news/norwegian-longship-project/

[18] https://www.zerocarbonhumber.co.uk/

[19] https://actl.ca/