2023年3月、Abdul Latif Jameel Finance Saudi Arabia(アブドゥル・ラティフ・ジャミール・ファイナンス・サウジアラビア)と、中東地域を代表するマルチサービス・プラットフォームを提供するCareem(カリーム)は、サウジアラビアのCareemドライバー(以下「キャプテン」)向けに、自家用車の購入に特化した新しい融資プログラムを設立することを発表しました。この融資プログラムは、ライドシェアアプリで主な収入を得ている多くのCareemキャプテンを対象に、トヨタ、レクサス、KIA(キア)、Hyundai(ヒョンデ)、Geely(ジーリー)、スズキ、MG(エム・ジー)などの複数ブランドの新型モデルの購入に際し、柔軟な支払いプランや分割オプションを提供するものです。今回は、Abdul Latif Jameel Finance Saudi ArabiaのCEOを務めるハーリド・アルカリミ博士と、Careem Saudi Arabiaのゼネラルマネージャー、アーマッド・アラビ氏にインタビューを敢行し、両社のパートナーシップ契約と、各社の事業におけるパートナーシップの意義について伺いました。

Q:Abdul Latif Jameel Financeのサウジアラビアでの事業について、少し背景を教えていただけますか?

Abdul Latif Jameel Finance(サウジアラビア)

CEO

ハーリド・アルカリミ博士

ハーリド・アルカリミ(以下KAK):Abdul Latif Jameel Financeは、40年以上前に、サウジアラビア初の自動車金融企業のひとつとして創業しました。初期はトヨタ車のカーローンのみでしたが、徐々にサービスの拡充を行い、現在は複数の自動車ブランドのローンを扱っています。また、ここ6、7年は、家電・電化製品、医療機器、スポーツ用品などの分野における融資も手がけるようになりました。

直近では、個人事業主および中小企業(SME)向けのキャッシングサービスを開始しています。

最近の社内の大きな変化としては、Abdul Latif Jameel Financeに、Abdul Latif Jameel United Real Estate Finance Company(アブドゥル・ラティフ・ジャミール・ユナイテッド・リアルエステート・ファイナンス・カンパニー)とBab Rizq Jameel Microfinance(バブリスク・ジャミール・マイクロファイナンス)という2つのAbdul Latif Jameel系列の事業体が統合されたことが挙げられます。Abdul Latif Jameel United Real Estate Finance Companyは、さまざまな不動産金融ソリューションを提供しており、Bab Rizq Jameel Microfinanceは、個人事業主やマイクロビジネスを対象に「生産性向上支援融資」を提供しています。

Q:アラビさん、Careemのサウジアラビアでの事業展開についてお伺いできますか?

アーマッド・アラビ(以下AA):Careemは2012年にアラブ首長国連邦のドバイで創業し、翌年2013年にサウジアラビアまで事業を拡大しました。当時は市内や複数都市間のライドシェアサービスの提供が中心でしたが、短期間で地域有数のライドシェア企業に成長しています。現在は、モロッコやパキスタンを含む中東地域の70都市以上にサービスを展開しています。Careemは2019年にUber(ウーバー)に買収されましたが、中東地域では現在もCareemブランドとして事業を展開しています。

ライドシェアサービスは、今もCareemの主力サービスです。売上だけでなく、10年前からサービスを提供しているのでお客様に広く認知されています。しかし、2017年以降は、定額購入サービス「Careem Plus(カリーム・プラス)」を通じて、フードデリバリーサービスや、Careem Pay(カリーム・ペイ)に代表されるフィンテックサービスなどのマルチサービスを提供する「スーパーアプリ」Careemの展開を進めています。このスーパーアプリは、ドバイをはじめとする複数の都市で提供されており、今後2〜3年でさらに対象都市を拡大していく予定です。

2023年4月には、中東地域の通信事業者・技術投資グループ「e&(イーアンド)」との新たなパートナーシップ契約を結び、スーパーアプリCareemへ4億米ドルの投資が行われることを発表しました。

Abdul Latif Jameel Finance launches new finance program for Careem Captains in Saudi Arabia
2023年3月、Careemキャプテン向けの新融資プログラムに署名するCareem Saudi Arabiaのゼネラルマネージャー、アーマッド・アラビ氏(左)とAbdul Latif Jameel FinanceのCEO、ハーリド・アルカリミ博士(右)

Q:Careemの事業目標を達成するために、キャプテンはどのくらい重要なのですか?

AA:ライドシェアサービスでも、その他のサービスでも、キャプテンは当社の事業の屋台骨です。ライドシェアでもフードデリバリーでも、キャプテンの満足度がサービスの質につながります。ですから、キャプテンのニーズを把握し、プラットフォームの使用についての満足度を高め、新規登録を妨げている原因を理解することが重要なのです。

Careem logo winkこれまで、キャプテンの新規登録数が伸びない原因のひとつに、自家用車の所有が規定されていることがありました。

これが業界の成長を妨げていると認識したサウジアラビア運輸総局は、2022年に規定を変更し、以降は、許可証を取得すれば、所有車以外の乗用車を利用できるようになりました。

この大きな変更がきっかけで、より多くのサウジアラビア人が、Careemキャプテンとして柔軟に収入を得られるようになりました。一方で、キャプテンに登録する際に、カーローンを組んで自動車を購入したいと考える人々も一定数存在していました。その多くは、正規雇用者ではないことから、従来の銀行の厳格な審査基準をクリアできないジレンマを抱えていました。たとえCareemキャプテンとしてフルタイムで勤務し、良い収入を得ていたとしても、正規雇用ではないために銀行のカーローンを利用できないのです。

Q:サウジアラビアの金融市場はここ数年でどのように変化し、Abdul Latif Jameel Financeの事業に影響を与えていますか?

KAK:サウジアラビアの金融業界は、これまで銀行が圧倒的な地位を占めており、融資に対しては保守的でした。しかし、この10年、特にサウジ・ビジョン2030が発表された2016年以降は金融市場も大きく変化しています。サウジアラビア通貨庁(SAMA)は、急速に変化する現代の消費者ニーズに対応するため、金融サービス規制の枠組みを刷新しました。その変更の一環として、主にスタートアップ企業を対象として、フィンテック事業者が、比較的規制の緩い環境で新規事業の開発促進に取り組むことができる「サンドボックス制度」が創設されました。PoC(概念実証)が完成した段階でサンドボックス制度を離れ、より広範な市場でサービスを展開できる仕組みです。

Cash Jameel screenshotこうした変更による事業への影響は主に2つあります。まず、デジタル化への新たな可能性が開けたことです。当社では、デジタル関連事業の収益の促進に特化したデジタル事業部門を設立しました。そのデジタル関連事業のひとつが、携帯電話で簡単に利用できるリテール・キャッシュ・ローン「Cash Jameel(キャッシュ・ジャミール)」です。また、自動車の購入の際、ショールームに行かなくてもアプリ経由でカーローンの申請、本人確認、車種の選択などのすべての手続きを行うことができるECツールも開発しました。今後は、中小企業を対象に、ローン申請、デューデリジェンス、融資確保までの手続きをすべてアプリで行うことができるデジタルプラットフォームを提供する予定です。

イノベーションが進んでいるサウジアラビアのフィンテック・エコシステムがなければ、こうした事業はあり得なかったと思います。

もう一点は、消費者の行動や期待の変化です。サウジアラビアの消費者はテクノロジーに非常に精通しています。例えば、Twitter(ツイッター)のようなソーシャルメディアアプリでは、世界で最も急速にユーザー数が増えている国のひとつだと思います。消費者は、デジタル環境に慣れており、オンラインサービスを使いこなしています。今後は、さらにこうしたサービスに対する期待が増えていくでしょう。

Q:Abdul Latif Jameel Financeとのパートナーシップはどのように実現したのですか?

AA:新型コロナウイルス感染症の流行中、ライドシェアサービスの需要が増加する一方で、キャプテンの新規登録数が伸び悩み、供給不足に悩まされました。そこで、キャプテンを誘致するための新しい方策を模索し始めたのですが、そのひとつがカーローン問題の解消でした。当時、中東地域には同じような取り組みがいくつかありましたが、大規模なものはまだありませんでした。そこで、キャプテンがカーローンを受けやすくするために何ができるかをAbdul Latif Jamel Financeに相談しました。それが、今回のパートナーシップの誕生につながったのです。

Q:Abdul Latif Jameel Finance は、自動車金融市場で40年以上の実績があります。今回のCareemとのパートナーシップの機会を魅力的に感じた理由は何ですか?

KAK:当社はこれを、Careemとそのキャプテンのニーズに応えつつ、事業を拡大する絶好の機会だと捉えました。これまで、Careemキャプテンがカーローンを組むのは非常に困難でした。彼らの多くは会社員ではないため、銀行の与信審査をクリアできないのです。しかし、当社は自営業の方々とも長い付き合いがあり、この市場を良く理解しています。今回のお話は、サウジアラビアの若い起業家による金融サービスの利用を支援する素晴らしいチャンスだと思いました。この融資は、当社から自動車を購入して収入を得るためのものですから、生産性向上支援につながります。当社にとっても、独立して生計を立てようと奮闘している起業家のセグメントにリーチを広げ、顧客層を拡大できるというメリットがあります。

Q:Abdul Latif Jameel Financeは、銀行で対応できない融資をどのように実現させたのですか?

KAK:当社は自動車金融企業ですから、ローンの観点だけでなく、自動車の観点も踏まえたアプローチが可能です。銀行は単純に返済能力のみで判断します。そこが、当社と銀行の根本的な違いかもしれません。Careemキャプテンが正規雇用ではないことは承知していましたので、Careemの協力を得て、キャプテンの典型的な賃金収入プロファイルを調査しました。Careemは、キャプテンが平均して年間一定額の収入を確保できることを当社に保証し、実証することができたので、それを基にCareemキャプテンに特化した金融商品を共同開発しました。金融包摂を促進するビジョンの一環として、チャンスに見合うリスクを負う準備はできています。また、自動車はローンの返済が完了するまでAbdul Latif Jameel Financeの名義となるため、仮に返済に問題があった場合でも、当社が資産を保有できます。

Q:融資対象は、従来の内燃機関車だけでなく、ハイブリッド車や電気自動車も含まれるのでしょうか?

KAK:もちろんです。トランスミッションの種類は問いません。ハイブリッド車は販売台数が伸びており、市場で大きな成功を収めているトヨタ車も2〜3種類あります。サウジアラビアでは、世間一般の認識やインフラ不足が原因で、純粋な電気自動車の市場はまだそれほど確立されていません。しかし、政府は電気自動車の推進に力を入れており、今後5〜10年で急成長が予想されます。

Q:金融商品の利用者数の目標はありますか?

AA:まずは数人のドライバーから始め、その経験をもとに融資プログラムを洗練させることを優先しています。何らかの目標設定をすることで、数字に気を取られ、イノベーションや改善の余地を制限するようなことは避けたいと考えています。Abdul Latif Jameel Financeとのパートナーシップを発表してから、すでに多くの関心が寄せられており、プログラムが完成すれば、急速に広がりを見せるだろうと確信しています。

Q:共通のビジョンや価値観を持つパートナーとの提携は重要ですか?

KAK:もちろんです。Abdul Latif Jameelは、組織としても、ファミリーとしても、すべての事業に共通する強力なビジョンと価値観を掲げています。また、社会貢献活動や社会開発を通じて、地域社会の人々が生産的で幸せな生活を送ることができるよう支援しています。こうした価値観は、雇用機会を創出し、個人や家族の生計手段の確立を支援するというCareemの理念に一致しています。

こうした哲学は、当社の新しい企業スローガン「tamkin(タムキン)」(「人々に力を」の意)にも反映されています。クルマ探し、資金調達、仕事の確保、生計支援など、さまざまな面でサポートを提供することは、当社にとって非常に重要なことなのです。

Q:Careemにとって、Abdul Latif Jameel Financeのような企業との提携にはどのようなメリットがあるのですか?

AA:中東地域で10年活動して学んだことは、新規プログラムの成功には最適なパートナー選びが欠かせないということです。共通の理念とビジョンを持つパートナーは、プログラムの成長を加速し、可能性を広げてくれます。Abdul Latif Jameel Finance Saudi Arabiaは、今後数年でこのプログラムを成功させるという姿勢を非常に明確に示し、当社と志を同じくしています。当社の理念は、人々の生活をシンプルにすることです。そのためには、まず当社のキャプテンに優れた体験を提供する必要があります。信頼性と信用性の高さで定評のあるAbdul Latif Jameelとの パートナーシップは、キャプテンに最も優れた体験を提供するのに役立ちます。

Careem app screenshots

キャプテンにとってのメリットはさらに明確です。自動車を購入して生計を立て、自分の家族や地域社会を支えることができます。現時点では、キャプテン候補の約20%が、登録の段階で自動車のオーナーシップの認可の問題や、ライドシェアサービス用車両としての認可の問題でつまずいています。この問題の解決は、キャプテンにとって重要な生命線になります。

Q:Careemはサウジアラビアで10年の実績があり、世界中でサービスを展開しています。今後10年でCareemに期待または希望することは何ですか?

AA:今後のさらなる飛躍です。目下の優先事項は、モビリティの領域を超えて人々の生活をシンプルにする「スーパーアプリ」の展開です。

スーパーアプリはすでにアラブ首長国連邦で成功を収めており、食料や日用品の配達、マイクロモビリティサービス、デジタルウォレットと一連のフィンテックサービスに加え、ホームクリーニング、レンタカー、ランドリーサービスといったサードパーティーのサービスなど、10以上のマルチサービスを提供しています。

現在では、サウジアラビアやヨルダンでも同様のサービスを提供しており、他の国でも近年中に展開していく予定です。

中東地域におけるスーパーアプリの潜在可能性は非常に高いと確信しています。デジタルサービスで解決できる日常の不便は実に多い上、中東地域には、こうしたスーパーアプリが持つ利便性や付加価値を提供している大手企業はまだ存在しません。さらに、中東は世界で最も消費者のデジタルエンゲージメントが高い地域のひとつです。サウジアラビアとアラブ首長国連邦のデジタルアダプション(各業界でデジタルまたはリモートチャネル経由で取引を行ったことのあるユーザーの平均割合)は78%に達しています。また、近年では、アプリのダウンロード数が最も伸びているのは新興国市場です。

Careemは、この時流をつかむ非常に有利な立場にあります。すでに5,000万人以上のお客様の暮らしをシンプルなものにして、250万人以上のキャプテンに収入機会を提供してきました。Uberやe&との強力なパートナーシップも、主要市場で業界を牽引するビジネスを構築し、スーパーアプリを拡大するのに役立つでしょう。

携帯電話を開いたら真っ先にCareemアプリを開いてもらえるようになるのが、当社の目指すところです。食料品の注文や請求書の支払いから、子供の学校への送り迎えや家族への送金まで、Careemアプリですべて完結できるようにして、人々の生活をより楽に、便利にできればと考えています。

Q:Abdul Latif Jameel Finance Saudi Arabiaの今後数年の計画を教えてください。Careemとのパートナーシップは、その計画の達成にどのように役立つと思いますか?

KAK:今後、当社が金融商品や顧客層の多様化を目指していく中で、Careemとのパートナーシップが多いに役立つことは間違いありません。

デジタル化も、これからの成長戦略の中心になると思います。

デジタル技術を活用してさらにネットワークを広げ、十分な金融サービスを利用できない人々が、当社の金融商品を通じて生活を向上するための方法を継続的に模索していくつもりです。誰もが、自宅にいながらにして、簡単かつスピーディーで安全に、幅広い金融商品を利用できるようにしたいと考えています。そのためにはデジタル化への継続的な投資が不可欠です。今後数年は、デジタル化の強化に注力することになるでしょう。