急速な発展を遂げる中東の金融サービス
今日、中東の金融サービスセクターは新しい時代の幕開けを迎えています。従来、官僚的で国際競争力に乏しい思われてきた金融サービス市場は、急速に発展しつつあります。新たな流行語として浮上しているのは「デジタル化」。中東は、顧客中心かつデータ主導のアプローチにより、活気に満ちオープンな、より包括的な新しい金融エコシステムへ移行しつつあります。
25歳以下が人口の60%を占める中東では、[1]若いデジタルネイティブ世代の割合が高く、デジタルに精通している人口が多いのが特徴です。次世代の消費者や起業家は、デジタル接続のおかげでグローバルな文化にますます接する機会を持ち、ハイテクを駆使した先進国の国際社会の一員となることに意欲を見せています。
こうした背景から、個人向けの金融サービスを見直す機運が高まり、銀行などの金融機関は、金融商品に加えてプラットフォームにも力を入れざるを得なくなっています。[2]同時に、起業家的なスタートアップ企業の爆発的な増加により、フィンテックの加速は、セクターの垣根を超えた事業提携を可能にし、成長を促し、市場への新たな才能の誘致につながっています。フィンテック産業の成長の勢いを示す好例が、MENA(中東・北アフリカ)地域で後払い決済サービスを提供するスタートアップ企業のTamara(タマラ)です。同社は2021年の創業時に1億1,000万米ドルの資金を調達しました。[3]また、サウジアラビアとアラブ首長国連邦で110万人を超えるユーザーが日常的に買い物に利用しているTabby(タビー)は、2021年の1億5,000万米ドルを含め、融資と株式で総額1億8,000万米ドル以上の調達に成功しています。
最先端のソフトウェアにより、金融機関との取引や金融機関同士の送金が高速化され、迅速かつ対象を絞った資本移動が進んでいます。
市場統合の動きに伴い、大規模な合併もすでに進行しています。2021年には、サウジアラビアのリテールバンキング最大手のNCB(ナショナル・コマーシャル・バンク)と競合の小規模行、SAMBA(サンバ)フィナンシャルグループとの合併や、Saudi Arabian British Bank(SABB/サウジアラビア・ブリティッシュ・バンク)とAlawwal Bank(アルアウワル・バンク)との合併が発表されました。
こうして生まれつつある新たな金融世界は、新車のローンを組みたい一般家庭から、事業成長のための国際的な資金調達を必要とする大手多国籍企業に至るまで、中東経済のあらゆる層を大きく揺るがす可能性を秘めています。
暗号通貨や中央銀行のデジタル通貨が台頭し、サウジアラビアのSTC Payや、Al Rajhi Bank(アルラジ銀行)のUrPayなどといったフィンテックのディスラプターが市場シェアを確立しています。一方、IBMは、アラブ首長国連邦やサウジアラビアと提携して、デジタル通貨プロジェクト「Aber」を進めています。このプロジェクトでは、地域共通の単一通貨を確立し、JIMCOのRainなどの便利なアプリベースの取引プラットフォームでの決済管理システムを構築し、消費者への普及を推進しています。
これらのツールやプラットフォームが国際金融市場へ接続されていくにつれ、中東の金融市場は、人工知能(AI)やその他の予測分析システムにより、市場の変動や機会への対応力を高め、迅速な意思決定のためのリアルタイムのデータを提供できるようになっています。
こうしたデジタル化の波は、Banking As a Service(BaaS/サービスとしてのバンキング)へのパラダイムシフトの一環として、バンキング(銀行)、資産運用、保険の各セクターに及んでいます。
中東市場の中でも、とりわけデジタル変革に熱心に取り組み、市場の急速な成長の波に乗って自国の金融サービス市場を強化することに意欲を燃やしているのがエジプトです。
2020年9月には新銀行法が成立し、決済システム、決済サービス、フィンテックを網羅する包括的な法整備が整いました。政府は、この新銀行法を通じて、これらの重要な分野における事業成長とイノベーションを奨励すると同時に、ファイナンシャル・インクルージョン(貧困や難民などに関わらず、誰もが取り残されることなく金融サービスへのアクセスすることができ、金融サービスの恩恵を受けられるようにすること)を強化することを主要目標に掲げています。
銀行改革を通じて銀行・決済業界の規制の枠組みを強化することは、エジプトで現在進行中の経済改革プログラムの重要な柱と考えられています。銀行改革には、金融セクターの国際競争力を高め、エジプトの経済発展や多様化の目標を達成する狙いもあります。
金融サービスの近代化プログラムの一環として、エジプト政府はイノベーションを推進するための積極的な取り組みも行っています。2022年3月、National Bank of Egypt(エジプト中央銀行)、Banque du Caire(バンク・デュ・ケール)およびBanque Misr(ミスル銀行)は、フィンテック産業の推進を目的とした8,500万米ドル規模の協働ファンド、NClude(エヌクルード)を設立しました。この基金は、新興技術分野の成長を目指すアブドルファタフ・アル・シシ大統領の強い意向が反映されています[4]。出資先には、金融円滑化サービスを提供するエジプトのフィンテック新興企業であるLucky(ラッキー)も含まれており、すでに2,500万米ドルの出資が決定しています。
AIは、技術主導の変革に働きかける大きな推進力として期待されています。The Information and Decision Support Center (IDSC/情報・意思決定支援センター)は、2030年までにAIがGDP(国内総生産)の少なくとも7.7%を占めるようになることを目指しています[5]。このようにエジプトの成長戦略(Visions on the Road to Development)の一環として実施される取り組みは、金融サービスセクターへの革新的な技術統合を支援するものです。IDSCは、デジタルウォレットと電子決済サービスの分野において、エジプトがすでにアラブ9か国をリードしていると指摘しています。
このような金融サービスセクターの振興を図る意欲的な計画や、弾力的な経済状況を背景に、エジプトはアラブ首長国連邦や湾岸協力理事会(GCC)諸国からの投資先として人気を集めています。First Abu Dhabi Bank(FAB/ファーストアブダビ銀行)は今年、エジプト最大の投資銀行であるEFG Hermes(イー・エフ・ジー・エルメス)の過半数以上の株式買収を提案し、11億8,000万米ドルの評価額を提示しました[6]。もしこの買収が成功すれば、FABにとっては、昨年のレバノンのBank Audi(アウディ銀行)のエジプト事業部門の買収に続き、2番目の大規模案件となります。
今後飛躍的な成長が見込まれるエジプト市場について、Abdul Latif Jameel Finance Egypt(アブドゥル・ラティフ・ジャミール・ファイナンス・エジプト)のモハメッド・エルガザルCEOに、エジプトにおける金融サービス市場の動向をはじめ、これまでの事業展開、意欲的な事業拡大戦略についてお話を伺いました。
Abdul Latif Jameel Finance Egyptは現在、どのようなサービスを提供しているのですか?
エルガザル氏:当社では、人々の生活の質を高めるような画期的なファイナンスソリューションの提供を目指しています。Abdul Latif Jameel(アブドゥル・ラティフ・ジャミール)グループの一員であることは誇りです。当社の事業には、75年以上にわたり海外実績を積み重ねてきた同グループの歴史と、21年以上に及ぶエジプト市場における深い知識や豊富な経験が活かされています。グローバルとローカルの両面からアプローチする「グローカル」方式が、当社のビジネスやイノベーションの大きな推進力となっているのです。コアバリューを基盤とし、Respect(尊重)、Improve(改善)、Pioneer(パイオニア精神)、Empower(エンパワメント)、Act with Integrity(誠実な行動)を実践しています。また、常に変遷していくお客様の多様なニーズを事前に察知し、迅速に対応できるよう、顧客中心のアプローチに取り組んでいます。
Abdul Latif Jameel Finance Egyptは、MENA、ヨーロッパ、アジア地域のモビリティセクターにおけるAbdul Latif Jameelのもつ豊富な経験と強力なパートナーシップを活かし、個人・法人向けの自動車金融ソリューション・ポートフォリオを提供しており、お客様のニーズに合わせて設計された包括的な消費者金融商品も取り揃えています。当社のファイナンスソリューションは、お客様がより豊かな生活を実現できるように、目的や用途に応じて考案されており、保険をはじめ、自動車、旅行、教育などの目的で幅広くご利用いただける金融サービスを提供しています。お客様がいざという時に必要な融資を受けられるようにすることで、豊かな人生を支援できることを誇りに思っています。
2021年の実績をどう評価していますか?
エルガザル氏:昨年、2021年は、我々にとって素晴らしい年になりました。エジプトのあらゆる社会層にファイナンスソリューションを提供するため、デジタル変革戦略に沿って、新しい事業プラットフォームに投資しました。高度なソフトウェアと技術を駆使してプロセスを簡素化し、顧客満足度の向上とファイナンシャル・インクルージョンを実現するための画期的な金融サービスの開発に継続的に取り組んでいます。このことは販売実績にも顕著に現れ、売上実績は前年比10%増を記録しました。引き続き、2022年も売上と顧客数を倍増させたいと考えています。
2022年には、さまざまな金融ソリューションが発表される予定ですか?
エルガザル氏:ええ、2022年末までに、クレジットライン(信用供与枠)の総数を2倍にする予定です。最新のフィンテックを活用し、エジプト全土の多くのお客様、特に金融サービスへのアクセスが難しいお客様にもご利用いただけるファイナンスソリューションを提供し、ファイナンシャル・インクルージョンの向上を図りたいと考えています。これは、ジャミール・ファミリーが掲げる重要な理念のひとつでもあります。また、家庭用太陽光パネル、不動産の改修、家具、旅行や観光、教育や医療サービスなどの目的で気軽に利用できる画期的なファイナンスソリューションやプログラムも提供しています。
市場拡大計画に合わせて自己資本を増やす予定はありますか?
エルガザル氏:当社の戦略は、ソルベンシー(支払い余力)を維持しながら、市場の変動に対応する能力を高めることにあります。当社の総資本は現時点で約5億エジプト・ポンド(2,700万米ドル)ですから、市場拡大戦略を支えるだけの財力があります。
2022年は、更に市場シェアの拡大を目指すのですか?
エルガザル氏:もちろん、売上拡大を目指しています。Financial Regulatory Authority(FRA/金融規制局)の報告書によると、当社は、売上規模の点で、エジプトの消費者金融市場ですでに上位にランクインしています。2022年末までにトップ4へのランクインを目指し、年末までに顧客数を倍増できればと考えています。
消費者金融サービスを提供する上で、消費者金融会社と銀行との競争についてはどうお考えですか?
エルガザル氏:エジプト市場は巨大ですから、まだまだ莫大な伸び代があります。当社では、これまで銀行が提供してきた金融サービスを補完する形で、消費者金融市場が拡大していくと考えています。革新的なメディアを通じて、顧客ニーズに合わせた新商品を次々に市場に投入していきたいと考えています。これにより、顧客層をより広げることができ、エジプト国内のファイナンシャル・インクルージョンの向上に貢献することができます。
これまで、御社の事業は自動車金融が中心でした。近年の自動車市場はどのように推移していますか?
エルガザル氏:世界的なスマートチップの生産減により価格のインフレが進み、自動車の販売台数は低下しています。また、コロナ禍の影響も売上に響きました。現在も完全に回復していませんが、2022年後半には上向きになると見ています。中古車の販売台数は、供給量の増加と金利の低下により増加しています。
消費者金融は、政府が掲げるファイナンシャル・インクルージョンの目標を達成する助けになると思いますか?
エルガザル氏:消費者金融は、ファイナンシャル・インクルージョン戦略の実現に向けて、エジプトのさまざまな顧客層にリーチする主要なツールのひとつだと考えています。消費者金融会社は、カイロやアレクサンドリアなどの大都市以外に住む、アクセスの難しい顧客層にも比較的柔軟にリーチできるからです。これは、より大きなファイナンシャル・インクルージョンの基盤を築く良い足がかりになると思います。
事業成長戦略の一環として、新たな金融ライセンスの申請は視野に入れていますか?
エルガザル氏:ええ、FRAが最近新規申請の受付を開始したので、保険仲介業のライセンスの取得に向けて準備を進めています。現在は、ローカル市場にないクオリティの高い保険商品の導入も検討しているところです。
地元の保険会社との協力の元で、最先端技術を活用した金融商品を提供することを目指しています。これにより、医療保険サービスだけでなく、若者や観光客などのさまざまな社会的ニーズに応えることができると確信しています。
また、中小企業分野での成長も目指しており、商業パートナー向けに独自の金融商品やサービスの提供を計画しています。
エジプトで消費者金融市場が直面している主な課題は何でしょうか。また、その課題を克服するために必要なのは?
エルガザル氏:ファイナンシャル・インクルージョンは依然として大きな課題です。この点において、フィンテック産業の成長やイノベーションを奨励する政府の取り組みは、前向きな一歩と言えるでしょう。金融サービス企業が業績を伸ばし、デジタル技術を駆使してより多くのお客様にアプローチし、売上を増やすことができれば、現在の課題を克服するのに役立つはずです。消費者金融企業にとって、運営コストも大きな課題です。しかし、現在、消費者金融会社の競争力を高め、事業成長を促進するための多くの法改正が検討されています。個人的に、エジプトの消費者金融事業の将来は明るいと確信しています。
[1] https://www.youthpolicy.org/mappings/regionalyouthscenes/mena/facts/#FN13
[2] https://www.talkwalker.com/blog/the-future-of-the-financial-industry-in-the-middle-east#
[3] https://www.oliverwyman.com/middle-east/media-center/2022/feb/predicted-trends-for-the-middle-east-financial-services-sector-in-2022.html
[4] https://www.ecofinagency.com/finance/2203-43476-egypt-s-public-banks-launch-85mln-funds-in-support-to-the-fintech-industry
[5] https://www.egypttoday.com/Article/3/113051/Egypt-targets-increasing-AI-contribution-to-GDP-to-7-7
[6] https://www.pressreader.com/uae/gulf-news/20220214/282136409833462