信じられないかもしれませんが、冷めない暑さというものがあります。今後50年で、地球の気温が1℃上昇するごとに、10億人がそれに苦しめられることなります。[1]

灼熱の中で冷房なしに作業することを想像してみてください。何百万人もの人は、それを想像する必要がありません。というのも、すでに今、身をもって体験しているからです。幸いなことに、彼らには「体」という高度な温度調節システムが備わっています。もしあなたが今、インドの太陽の下で農夫と肩を並べて働いているとしたら、熱を逃すことより、正気を失うことを心配するのではないでしょうか。しかし、あなたの体はどうすべきかを知っています。血管が拡張し、血液の温かさが周囲に伝わるようになります。そして重要なのが、発汗です。

1902年、ウィリス・キャリアは、空気中の水分を除去することで涼しくなることを発見し、最初の近代的な空調システムを考案しました。[2]しかし、人体の「空調」に関しては、空気中に水分を放出するという進化の方が勝っています。汗が蒸発するときには、熱も一緒に奪われます。水分さえ十分に摂っていれば、汗をかいて体を冷やすために水分を使えます。これは非常に効果的な方法であり、人類を何千年にもわたって助けてきました。おかげで、地球上で最も暑い場所にも移り住むことができました。しかし、この方法が常に使えるかというと、そうではないのです。

汗をかいても効果がないこともあります。ある条件下では、汗を蒸発させることが文字通り不可能であり、体を冷やすこともできません。命に関わるこの現象は、「湿球温度」と呼ばれるシステムで測定されます。かつてはこのような極端な状況は珍しかったのですが、気候変動の影響で、世界の一部の地域では驚くほど頻繁に発生しています。

体を冷やせないとどうなるのか

人間の深部体温(体の内部の温度)は37.5℃程度に保たれています。それより熱くなると、体は温度を下げようと努力します。血管が拡張すると、血圧が下がり、心臓が血液を送り出すために多大な働きが必要になります。血圧が下がりすぎると、臓器に十分な血液が行き渡らなくなり、心筋梗塞のリスクが高まります。同時に、汗によって水分や塩分が失われます。

Elfatih Eltahir
エルフェイス・エルタヒール(Elfatih Eltahir)
マサチューセッツ工科大学(MIT)水文気候学教授

体温が上がり続けると、失神や痙攣、極度の喉の渇きなどの熱疲労の症状が出てきます。熱ストレスに長期間さらされると、腎臓結石や心臓病の原因になります。しかし、それも運が良ければの話です。全く体を冷やすことができない場合は熱中症となり、錯乱、意識喪失、臓器不全を起こし、最終的には死に至ります。

暑さを避けられない場合、汗をかくことが唯一の命綱なのです。

湿球現象[3]の世界的な専門家であるマサチューセッツ工科大学の水文気候学教授、エルフェイス・エルタヒール氏は、このように説明しています。

「私たち人間の体は、十分な水分があれば、高温で乾燥した環境にも対応できるようになっています。水分を補給し続ければ汗をかき、その汗が蒸発して体を冷やします。[…] この方程式に湿度が加わると、人間が熱による苦しみに対処するための自然なプロセスが阻害されてしまうのです」

湿球温度の仕組み

湿球温度とは、どれだけ人間が汗をかいて体を冷やすことができるかを示すものです。計測するには、温度計の球を濡れた布で包み、その水分を自然に蒸発させます。そこで測定された最低温度が湿球温度です。

この温度は、ほとんどの場合、通常の(つまり乾いた)温度計で記録される温度よりも低くなります。これは、水分の蒸発によって湿球が熱を失うためで、水の蒸発が速いほど、気温と比べて温度計の温度が低くなります。

蒸発量は、絶対温度と、空気中にどれだけの水分が含まれているか(相対湿度)に直接影響されます。高温の空気は、低温の空気と比べて、より多くの水蒸気をより速く吸収することができます。しかし、空気が水蒸気を吸収して湿度が高くなると、水蒸気を追加する余地がなくなり、蒸発の速度が遅くなります。相対湿度0%は、空気が完全に乾燥していることを意味します。100%は、それ以上吸湿できないことを意味します。

つまり、どれだけ汗をかいても蒸発しないという状態になるのです。

危険な温度とは?

これは単なる興味深い科学の話ではありません。命に関わることです。1950年代には、米軍が兵士の安全を守るためのガイドラインとして湿球温度を用いていたほどです。湿球温度が29℃になったら、気候に順応していない人は運動をやめることを推奨されます。それ以上になると「極度の」危険状態となり、熱中症のリスクが劇的に高まります。[4]湿球温度が35℃を超えると、健康な人でも6時間以上屋外にいることはできません。[5]

湿度が上がり続ければ、最終的には湿球温度が実際の温度と同じになります。つまり、水に浸かっているにもかかわらず、湿球は全く冷えない状態になります。そして、その環境では誰も生き残れないでしょう。

湿度が高いと熱がこもりやすい

相対湿度が100%の場合、汗をかいても体を冷やすことはできません。しかし、そこまで高くなくても危険はあります。それと同じように、実際の気温が人間の理想的な体温をはるかに超える50℃を超えても、空気が十分に乾燥していれば、汗が蒸発して体を冷やすことができます。それは、全て温度と湿度の関係によります。湿度が高くなれば、健康被害をもたらしうる温度が低くなります(逆の場合も同じです)。

Al Ula, Saudi Arabia例えば、中東を見てみると、サウジアラビアの首都リヤドは砂漠の中にあります。一方、アラブ首長国連邦のドバイは、アラビア湾岸に位置しています。リヤドは通常、ドバイよりもはるかに気温が高くなります。しかし、湿球温度はドバイの方がリヤドよりもかなり高くなります。リヤドの砂漠の空気は乾燥しているため、より多くの水分を吸収することができるのに対し、沿岸部のドバイでは空気が非常に湿っているからです。

人は、たとえ死ぬほど高い温度でも日光浴ができます。例えば、実際の気温が32℃、相対湿度が95%であれば、それだけで危険な湿球温度29℃に達してしまいます。湿度が45%しかない場合、同じ湿球温度に得るには、40℃以上の温度が必要となります。[6]

「相対湿度」や「湿球温度」などの言葉は、やや無味乾燥に聞こえます。加えて、こう言う人たちもいるでしょう。「これまでもこんな暑さを乗り越えてきたじゃないか。今度もきっとできるさ」

私たちは思っているほど適応力があるのだろうか?

実際のところ、昔から人類のほとんどは、気温が6℃~28℃の地域に住んでいます。これは、人間の健康と食料生産にとって最適な場所です。しかし、気候変動による極端な天候の変化に伴い、そのエリアは縮小しています。陸の温暖化は海よりも早く進んでおり、人口増加のほとんどがアフリカやアジアのような高温の地域で発生していることから、人間は特に脆弱な存在になっています。

地球の気温が3℃上昇すると、平均的な人間の体感温度は7.5℃も上昇することになります。今世紀末には、人類の約30%が、平均気温29℃と定義される猛暑の中で生活することになります。この温度はそれだけで重大な懸念材料となりますが、湿球温度はまた別の問題です。湿度も同時に上がると、湿球温度が32℃を超える日が増えるようになります。

最もリスクが高いのは誰か?

湿球温度が上昇した場合は特に、誰でも暑さの影響を受けます。ただ、その中でも特に脆弱性の高い人がいます。次のような人たちです。

  • 避難できない人:肉体労働者や農業従事者、新型コロナウイルス(COVID-19)の治療のために、湿気のこもりやすい防護服を着用しなければならない医療従事者など、暑さの中で長時間働く人。また、仕事中にトイレに行きたくないという理由から、十分な水分を摂らない人もいます。
  • 高齢者、若年者、基礎疾患のある人:熱ストレスは体に負担をかけますが、年齢を重ねるごとにその対処が難しくなります。同様に、心臓病や糖尿病などの疾患を持つ人は、特にリスクが高いと言われています。例えば、糖尿病になると、水分を失うスピードが速くなり、汗をかく能力も低下します。子供、あるいは認知症などの精神疾患を持つ人は、涼しく過ごすために特別な管理や支援が必要となる場合があります。

オランダのワーへニンゲン大学で水生生態学と水質管理学の教授を務めるマーテン・シェファー(Marten Scheffer)[8]氏はこう説明しています。「平均気温が29℃を超えると生活できなくなると言ってもいいでしょう。人々は、移動するか適応する必要があります。しかし、適応には限界があります。お金とエネルギーが十分にあれば、冷房や輸入食を利用することで問題なく生活できるかもしれません。しかし、全ての人にそれが当てはまるわけではありません。

私たちは衣服や冷暖房を利用しているので、自分たちには高い適応力があると思っています。しかし実際には多くの人々が、これまでも、そしてこれからも、かつてないほど変化している気候的ニッチの中で生活しているのです […] 過去6,000年間よりも、今後50年間の方がより大きな変化があるでしょう」

湿球温度の上昇がハッジの脅威に

ハッジとは、イスラム教の聖地であるサウジアラビアのメッカを訪れる巡礼のことで、毎年行われます。世界中の18億人のイスラム教徒は、健康でお金に余裕があれば、一生に一度はハッジに参加する義務があると言われています。

ハッジの時期は太陰暦に即して決まるため、毎年時期が異なります。涼しい季節であれば問題ありませんが、夏だと息苦しいほどの暑さになります。ここ最近の地球温暖化の速度を鑑みるに、これはさらに悪化するでしょう。[7]

儀式完了には約5日間かかり、30時間は外で過ごさなければなりません。巡礼者の中には高齢者も多く、危険性が増しています。このまま状況が悪化すれば、何百万人ものイスラム教徒にとって、この重要なイベントは不可能なものになるかもしれません。すでに一部のハッジ参加者には冷房が提供されており、過密状態を解消するために一部のエリアが拡大されています。また将来的には、参加者数を厳しく制限する必要が出てくるかもしれません。

1990年には1,462人が死亡し、2015年には769人が死亡、934人が負傷するなど、ハッジの際にはすでに致命的な混乱が起きています。どちらの年も気温と湿度のピークが重なっていました。暑さが引き金となってこのような惨事が引き起こされた可能性があります。

次に夏の暑い時期にハッジが行われるのは、2047年から2052年、2079年から2086年になります。気候変動が大幅に緩和されたとしても、暑さはほぼ耐え難いものになるでしょう。もし緩和されなかった場合には、さらに危険な状態となります。

最も被害の大きい地域は?

Greenhouse gas emissions

脆弱性の高い人々のリスクプロファイルを考えると、最も危険にさらされている人々は、温暖で人口密度の高い国に住んでいます。気候変動の多くがそうであるように、発展途上の地域が特に影響を受けやすいと言えます。最も重要なファクターは、どれだけ多くの人が、避難所の利用が制限された状態で危険な湿球温度にさらされるかということです。

暑くても、富裕層が多い国では、涼しさを保つことができます。例えば、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究によると、アラビア湾は、地球上で最高気温を記録するだろうと予測されています。[9]しかし、現地の人口は比較的少なく、冷房設備が広く普及しており、農地もあまり多くありません。それに比べ、南アジアでは、人口のかなりの割合を占める人々が、自給自足の農場で息詰まるような暑さの中で働いています。インド、バングラデシュ、パキスタン南部は約15億人の人口を抱えていますが、ここも厳しい暑さを迎えることになります。[10]そしてそれは、もうすでに致命的なものになっています。2015年には、パキスタンとインドで、激しい熱波が原因で3,500人が死亡しました。

この変化のスピードを踏まえると、現在、インド人の約2%が32℃の湿球温度に頻繁にさらされていることになります。MITの調査によると、2100年にはそれが70%まで拡大するといわれています。また、約2%の人が、生存性のほぼ限界である35℃の湿球温度を経験することになります。

最も影響を受けるのは中国か

North China Plain
Image credit: MIT

別の調査によると、北中国平原(NCP)は地球上で最もリスクが高い場所とされています。[11]ここは中国で最も農業が盛んな地域であり、また人口の多い地域でもあります。この地域は過去50年間で、極度の熱波の発生が際立って増加しています。この間、NCPの温暖化は世界平均の約2倍の速さで進行しており、10年あたり世界平均0.13℃の変化に対し、0.24℃となっています。2013年には極度の熱波の発生が50日間も続き、気温が38℃を超える場所もありました。中国東部最大の都市である上海は、141年ぶりの最高気温を記録し、数十人が死亡しました。現在の地球温暖化の速度では、2070年~2100年の間に、さらに致命的な熱波がこの地域を襲うと見られています。

実際には、NCPは比較的乾燥した土地なのです。しかし、強烈な暑さと大量の灌漑が組み合わさり、相対湿度が上昇し、危険な湿球温度を引き起こすことが予想されます。灌漑は地上では冷却効果がありますが、湿度への影響はそれを上回り、水蒸気はそれ自体が強力な温室効果ガスとなります。研究によると、灌漑を行うだけで地域の温暖化が0.5℃進むとされています。

暑さを緩和するには?

短期的になら、暑さによる最悪の影響を軽減するための確立された戦略があります。気温が上昇した時の手ごろなアドバイスとしては、次のようなものがあります。

  • 仕事の前に十分な水分を摂取する
  • お茶やコーヒーなどの利尿作用のあるものを避ける
  • 定期的に水分を補給する
  • 有酸素運動をする(熱への耐性を高めることができるため)
  • 腹痛、失神、吐き気などの症状が出てきたら、休憩する

これらの対策は、多くの人々、特に低所得の農業従事者や一日中太陽の下で働く肉体労働者にとって、「言うは易く、行うは難し」です。だからこそ、政府や公的機関、企業が、次のような追加支援を行うことが急務だと考えます。

  • 水、避難所、冷房設備の提供
  • 湿球温度が危険なレベルに達したら、作業をさせない
  • 群衆整理を行うこと
  • 湿度の低い場所に建設する(低地の谷間や暖かい海から離れるなど)

もちろん、これらの対策は症状を改善するだけで、原因を解決するものではありません。

本当の答えは明白

実際には、危険な湿球温度の発生頻度を抑えるには、地球温暖化を抑制するしかありません。これは私が深くコミットしている目的でもあります。そのためには、国際的な協調のもと、温室効果ガスの排出量を大幅に削減しなければなりません。再生可能エネルギーの増強、産業エネルギー輸送、農業、そして淡水の生産における脱炭素化、都市の設計変更、エネルギー効率の高い建物の建設(または改修)などの取り組みが必要です。

もちろん、これは簡単なことではありません。技術的にはすでにかなりの部分が存在しています。欠けているのは私たちのコミットメントなのです。私たちの生き方を今すぐ、元に戻せないものに変えることへのコミットメントです。これは一国の政府、国、NGOが単独でできることではありません。長期的な変革を推進するためには、産業界、商業界、政府、コミュニティの最高レベルでの協力、調整、パートナーシップが必要となります。

私たちAbdul Latif Jameel(アブドゥル・ラティフ・ジャミール)は、特にFotowatio Renewable Ventures(FRV、フォトワティオ・リニューアブル・ベンチャーズ)による太陽光発電や風力発電の先駆的なプロジェクトや、Almar Water Solutions(アルマー・ウォーター・ソリューションズ)による水資源の確保に向けた、成長著しい取り組みを通じて、今後の課題を克服するために全力を尽くしていきたいと考えています。また、Clean, Renewable and Environmental Opportunities Syndicate(CREO Syndicate)では、他の大手民間グローバル企業と協力して、企業と政府に向けた、産業の脱炭素化と気候変動対策のためのソリューションへの投資を促進しています。

世界的なパンデミックの後の経済再建プロセスが始動する今、私たちは行動を起こす機会を得なければなりません。より持続可能な未来に向けて、新たな道を切り開くために。そして、私たちの社会が、文字通りオーバーヒートするのを防ぐために。

[1] https://www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1910114117

[2] https://www.carrier.com/carrier/en/worldwide/about/willis-carrier/

[3] https://www.csis.org/podcasts/babel-translating-middle-east/elfatih-eltahir-rising-temperatures-middle-east

[4] https://www.bbc.co.uk/news/science-environment-53415298

[5] https://news.mit.edu/2018/china-could-face-deadly-heat-waves-due-climate-change-0731

[6] https://www.eurekalert.org/pub_releases/2019-08/miot-scc082119.php

[7] Such Kang, Jeremy Pal, Elfatih Eltahir, “Future Heat Stress During Muslim Pilgrimage (Hajj) Projected to Exceed ‘Extreme Danger’ Levels,” Geophysical Research Letters, 2019年6月25日発行

[8] https://www.theguardian.com/environment/2020/may/05/one-billion-people-will-live-in-insufferable-heat-within-50-years-study

[9] http://news.mit.edu/2015/study-persian-gulf-deadly-heat-1026

[10] Jeremy S. Pal and Elfatih Eltahir, “Future temperature in southwest Asia projected to exceed a threshold for human adaptability,” Nature Climate Change, 2015年10月26日発行

[11] https://www.nature.com/articles/s41467-018-05252-y.epdf