変革への挑戦:企業文化が事業の業績に果たす役割
企業文化は長い間、ビジネスを成功させ、その繁栄を維持するための重要な柱と考えられてきました。この20年以上、とりわけ労働市場においてグローバル競争の激化が進んでいることから、企業文化は、企業の意図や野心、差別化の指標としてさらに重要性を増しています。
企業文化を単なる流行のバズワードにすぎないという懐疑的な向きもありますが、前向きな企業文化は長期的な成功を左右すると確信する人々が大勢いるのもまた事実です。実際、McKinsey & Company(マッキンゼー・アンド・カンパニー)[1]の専門家は、強固な企業文化を持つ企業は、そうでない企業に比べ、株主への総還元率が3倍高いことを指摘しています。
Abdul Latif Jameel(アブドゥル・ラティフ・ジャミール)は今年の初め、強固な企業文化の構築と維持に向けた投資の一環として「ジャミール・プリンシプル」を打ち出しました。
約80年にわたり事業提携を結んできたトヨタ自動車は、異文化を超えるグローバルな商業的成功を収めています。そのトヨタ自動車からインスピレーションを得た「ジャミール・プリンシプル」は、創業者である故シェイク・アブドゥル・ラティフ・ジャミールの4つのコアバリューを定義・説明したものです。このコアバリューは、1945年の創業以来、Abdul Latif Jameelの経営方針と企業文化を支えてきました。
今回は、企業人事・改善担当副社長のファイサル・アブダラにインタビューを敢行し、ジャミール・プリンシプルがAbdul Latif Jameelの企業文化の醸成にどのような役割を果たすのかについて伺いました。
企業文化とは何ですか?また企業文化の重要性とは何ですか?
私が考える企業文化の最良の定義は「組織や職場の人々に共通する共通の信条や認識」です。
企業文化が重要な理由とは何か? それは、信条の共有が共通の体験を生み、団結力を高めるからです。この信条は、組織全体に共通する行動規範、期待、姿勢を定めるのに役立ちます。盲目的に従う教義のようなものではなく、社員各自が自分の才能と周りの才能を創造的に組み合わせ、先見的なイノベーションを実現するための枠組みのようなものです。
企業文化はビジネスを成功に導く上で、どのような役割を果たしますか?
企業文化を定義し、成文化することは、持続可能なビジネス競争力を高める上で非常に重要です。社員の能力を最大限に引き出す行動や実践を「働き方」として制度化することにより、常に競争上の優位性を保つことができます。人を中心とした企業文化は、事業戦略の大きな推進力となります。
組織の規模は関係ありません。社員2名の企業でも、複雑なグローバル企業でも企業文化の持つ重要性は同じです。企業文化は、戦略的に醸成・浸透させる場合もあれば、長年の試行錯誤の蓄積により、自然に醸成される場合もあるでしょう。いずれにしても、企業文化には過去の成功体験が少なからず反映されていることが多いように思います。
ビジネス界でよく引用される言葉に「企業文化は戦略に勝る(Culture eats strategy for breakfast)」というものがあります。つまり、戦略が企業文化に沿っていなければ、何であろうと実現はかなり困難になるということです。私もこのことを強く確信しています。戦略と企業文化は、互いを補佐する関係でなくてはなりません。Abdul Latif Jameelでは、事業戦略の基盤となる経営哲学をGI4(人材、ビジネステクノロジー、コミュニティへの継続的な投資による持続可能な成長)と呼び、その経営哲学を支える企業文化をジャミール・プリンシプルにまとめています。
この2つの信条を掛け合わせた相乗効果が、当社の成功の基盤となるのです。
企業文化を蔑ろにすることのリスクは何ですか?
もちろん、事業成功の推進力は、企業文化だけではありません。しかし、一貫して筋の通った企業文化が確立されていなければ、その企業は潜在性を十分に発揮できないでしょう。目標を達成できないというわけではありませんが、社員の足並みが揃わず、協調体制が整っていなければ何事を成すことも難しいものです。一貫した企業文化が浸透していれば、成果もそれだけ大きくなると思います。トップクラスの企業にとっては、社員個人より組織的な実行力が決め手になります。これは、意図的に醸成された企業文化があってこそ初めて可能になるものです。
企業文化というのは揺るぎないものですか?それとも、時と共に進化し、発展し続けるものなのでしょうか?
真の企業文化が全く変わらないことなどありえません。脈打つように躍動しているものです。企業文化というのは、企業に安定性をもたらすものであると同時に、当社の中核に忠実でありながらも、常に移り変わる世界を生き抜くための変革を推進し、企業をさらなる高みへ導くものでなければなりません。私たちは、いわゆるVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)時代を生きています。企業はこうしたVUCAの問題に機敏に対応し、市場での存在感を維持する必要があります。同様に、企業文化も企業目標の達成を支援するために進化し、発展していく必要があります。
しかし、毎日コロコロと方向性が変わる企業文化など、誰も望んでいないでしょう。例えば、整合性やリスペクトといった基本原則に妥協があってはなりませんが、常に変遷するVUCA時代の特性に対応するためには、企業文化の微調整や改良は必要になるかもしれません。
Abdul Latif Jameelは企業文化に対してどのようなアプローチを採用していますか?
Abdul Latif Jameelは、創業者の名を冠した同族経営であるという点で、他の多くの企業と差別化されます。大規模な多国籍の上場企業では、CEOや最高幹部が数年ごとに交代するのが通常ですが、同族経営の場合、企業文化や価値観が一貫して安定しています。長年培われた一族のコアバリューに基づいた企業文化や価値観には揺るぎないものがあるからです。
今、私たちには、グローバルに活躍するビジネスネットワークとして、企業文化を醸成し、多岐にわたる大規模な事業に価値観を浸透させ、ビジネスと社員の両方にメリットをもたらす絶好の機会が与えられていると確信しています。
ジャミール・プリンシプルの役割はまさにそこです。企業文化と価値観に基づいてVUCA時代を乗り切るための北極星のような役割を担っているのです。
では、ジャミール・プリンシプルとは何ですか?
ジャミール・プリンシプルは、4つのコアバリューに基づいて策定されています。そのコアバリューとは、創業者の故アブドゥル・ラティフ・ジャミールから受け継がれた価値観です。創業者のもとで形成され、現在の会長であるモハメッド・ジャミールまで40年以上にわたり継承されています。歴代のジャミール・ファミリーによって実践され、事業や社員の日常業務や優先事項にも反映されています。
ジャミール・プリンシプルを策定するにあたり、1955年以来70年近く中東で事業提携を結んでいる自動車メーカーのトヨタを参考にしました。
トヨタは「トヨタ・ウェイ」で世界的に有名ですが、これはトヨタの世界共通の企業文化の基盤を成す10の原則を示したものです[2]。
Abdul Latif Jameelでも、次の4つのコアバリューに基づいて同様の原則を定めることを目指しました。
- リスペクト– 同僚、上司、お客様、取引先との相互尊重の精神のことです。つまり、周りの人々をリスペクトすると同時に、相手にも個人へのそれなりのリスペクトを期待します。
- 改善– 業績向上に向けて、少しずつ業務のやり方を改善することを奨励しています。1万1,000人の社員が小さな改善を重ねていけば、それはやがて複利効果で大きな変革につながります。
- パイオニア精神 – 既成概念にとらわれず、失敗を恐れずに挑戦を続けて改善を重ねることが求められます。
- エンパワーメント – Abdul Latif Jameelの事業を形成、推進するために社員に意思決定の自由と責任を委譲することです。
現在はまだ、この理想の姿には 辿り着けていません。ジャミール・プリンシプルは現状を述べたものではないからです。歴史を踏まえ、これからの企業文化の理想の姿を描いたものです。北極星のような存在として、私たちの目的を導き、会社と社員の発展のための枠組みを提供します。
ジャミール・プリンシプルはどのように策定されたのですか?
ジャミール・プリンシプルの根底にある価値観は、決して新しいものではありません。これらは、Abdul Latif Jameelが80年近く実践してきた基本的な信条の一部です。しかし、これまで、こうした行動原則は定義も成文化もされておらず、組織全体に浸透していませんでした。強固な企業文化を醸成し、事業の推進力を強化するためには、まずそこに取り組む必要があることに気づいたのです。
策定の際には、社員がAbdul Latif Jameelの企業文化や重要な価値観について意見を述べる機会を提供し、すべての人々の考えを包括的に取り入れたいと考えました。そこで、各事業のさまざまな役職の社員にステークホルダーとしてヒアリングを行い、こうした価値観についての意見を求めました。それは、ジャミール・プリンシプルを有意義なものにするために不可欠でした。ジャミール・プリンシプルは、トップレベルの方針を社員に押し付けるものではありません。社員や、同族株主を含むすべてのステークホルダーがジャミール・プリンシプルに共感し、その策定に関わったと感じられることが非常に重要なのです。
ジャミール・プリンシプルは今年初めに発表されましたが、今後数ヶ月の目標は何ですか?
今、私が個人的に最も力を入れているのは、ジャミール・プリンシプルを事業全体に徹底して浸透させ、誰もがその意味を理解し、さまざまな状況で実践できるようにすることです。しかし、それはほんの手始めにすぎません。企業文化を浸透させるためにはコミュニケーションや説明などの言葉だけでなく、直属の部下、同僚、経営幹部との関わりで実践していく真のエンド・ツー・エンド・エクスペリエンスを実現する必要があります。
理念と実践に齟齬があると、真の意味での信頼を確立することはできません。私たちの意図と実際の行動のギャップを建設的に見直し、そのギャップの背後にある制度的・行動的要因を理解する洞察力を身につけ、毅然として適切に対処する勇気を持つ必要があります。私たちが最も恐れるべき敵は、懐疑心と無関心です。ジャミール・プリンシプルを実現する上で障壁に直面しても、諦めてはなりません。策定に協力してくださったボブ・チャップマンが述べているように、真のリーダーシップとは、困難な状況にくじけたり、皮肉な言葉にひるむことがないように、社員を家族のように思いやるスキル、勇気、信念を持つことです。無関心な態度はすぐに伝染します。しかし、信じる心もまた伝わりやすいのが事実です。リーダーが企業文化のビジョンに対する信念を持ち、日々のさまざまな場面でジャミール・プリンシプルを体現し、企業文化を積極的に推進していくことを期待します。
これから、独自の企業文化を一緒に築き上げ、その歩みに全員が誇りを持ってもらえればと思っています。企業のあるべき価値観を学ぶために外部のコンサルタントを招き入れるという短絡的な方法を取る企業もありますが、ジャミール・プリンシプルに関しては、すべて自分たちの言葉であると誇りを持って言えます。どの価値観も、私たち自身で築いたものです。私たちの最高のコンサルタントは、故アブドゥル・ラティフ・ジャミールの意思を受け継ぐ社員たちです。社員は私たちの疑似家族のようなものです。私は、ジャミール・プリンシプルに体現されているように、企業の価値観を一貫して貫き、社員を大切にする「魂のこもった」ビジネスに関わることができて大変幸運に思います。これから、未来のリーダーによって紡がれる新たな章がどうなるかを見るのが楽しみです。
[1] https://www.mckinsey.com/capabilities/people-and-organizational-performance/our-insights/the-organization-blog/establish-a-performance-culture-as-your-secret-sauce
[2] https://www.toyota-europe.com/about-us/toyota-vision-and-philosophy/the-toyota-way