現代はデジタル化が進み、コマースやコミュニケーションは、比較的環境に優しいオンラインに段々と移行しつつあります。しかし、オンラインでのやり取りや取引の裏では、もっと巨大で複雑なオフラインのサプライチェーンが動いています。慣習的に、このサプライチェーンは決して環境に優しいとは言えません。

オンラインかオフラインかに関わらず、毎回の購入取引には輸送の必要性が生じます。つまり、生産拠点から、工場や他の拠点への輸送や一般家庭への配送を行うために、陸路・空路・海路・鉄道などでの物理的な輸送が発生するということです。輸送には概して二酸化炭素の排出がつきものです。では、貨物輸送の脱炭素化を図り、環境への負担を軽減するにはどうすればいいのでしょうか?

まず、この問題の規模について、正確に理解する必要があります。貨物輸送業は、年間の二酸化炭素排出量の約8%を占めると言われています。[1]早急に対策を打たなければ、問題が自然に解決することはないでしょう。OECD(経済協力開発機構)のデータによると、国際貨物による二酸化炭素の排出量は、2050年までに8,132メガトンに達すると言われています。これは、2010年の2,108メガトンと比較すると約4倍です。[2]

Emissions by mode of transport

いつでも、どこでも欲しいものを入手できることは、環境への大きな代償を意味します。

国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)を受け、産業界のリーダーや政治家は、気候変動対策に向けて団結を強めています。これは、貨物輸送業界も他の業種と同様に、環境効率化に向けて厳格な措置を 着実に進めていかなければならないことを意味します。

では、生活水準を維持しつつ、国際物流ネットワークのリソース消費や、環境への負荷を軽減するためにすぐにできることや、長期的に取り組まなければならないこととは何でしょう?

Long haul to clean up road freight

陸路物流の変革への長い道のり

輸送は、世界の温室効果ガス排出量の5分の1以上を占める、地球温暖化の主な要因のひとつです[3]。輸送の中でも、特に地上輸送は汚染物質の22%を占めています[4]

Decarbonizing logistics: Contribution to global CO2 emissions

数値を詳しく見てみると、重量物車両(HGV)は全車両のわずか1%なのにも関わらず、国際的な陸路輸送における二酸化炭素排出量の約4分の1を占めています[5]。陸路での貨物輸送のカーボンフットプリントは非常に大きく、同じ重量を運搬している船に比べて、1kmあたり約100倍の二酸化炭素を排出しています[6]

世界経済フォーラム(WEF)は、政府、車両製造会社、インフラストラクチャ設計者が力を合わせなければ、運送業界がコストに見合う形でサステナビリティへの移行を図ることは難しいと述べています。

WEFのエビデンスによると、環境保全の面でバッテリー式電気自動車(BEV)の有効性が増しています。研究者は、BEVと従来の内燃機関(ICE)車のカーボンフットプリントを、車両ライフサイクルにおける3つの段階に分けて比較しました。その3つとは、①車両生産、②燃料移送(Well-to-Tank:燃料を手に入れる段階から自動車の燃料タンクまで)vs. 電気生成、③運転中における二酸化炭素排出量です。

3つの主要市場(欧州、米国、中国)すべてにおいて、車両ライフサイクル全体の汚染物質排出量の総量は、平均的なICEよりもBEVの方が低いという結果が出ています。BEVの汚染物質が最も多く排出されるのは電気生成の段階であるため、電力網の脱炭素化が進むにつれて、ICEとBEVの開きは更に大きくなるでしょう。実際のところ、2030年までに欧州の平均的なBEVの二酸化炭素排出量は100g/km未満(通常のICEの半分以下)になると言われています[7]

Decarbonizing logistics: Renewable grid increases EV sustainability

環境面だけでなく、これまでBEVトラックの普及を大きく妨げてきた価格についても、競争力が継続的に増していくでしょう。過去10年でBEVの価格は85%低下しています。2030年までには、電気トラックの購入価格や維持費がディーゼルトラックを12%下回り、BEVの価格も現在の半額程度になると予測されています。

根強く残る「航続距離」の懸念の声についてはどうでしょう? それも次第に解消されていくでしょう。バッテリー容量の増加に伴い、今後5年以内に40トントラックが1回の充電で800km走行できる時代が来ると言われています。最終的には、市場の判断に委ねられることになるでしょう。

法律や一般的な公共政策も、大型トラック輸送の脱化石燃料の推進に役立つでしょう。例えば、英国政府は、2035年までに26トン未満のトラックの二酸化炭素排出量をゼロにし、2040年までに他の大型車両の脱炭素化を図ると明言しています[8]。脱炭素化の先駆けを狙うノルウェーでも、世界初の完全な電気輸送ネットワークの構想に沿って、包括的な高速充電ネットワークへの投資が進んでいます[9]

COP26では、HGVのグリーン化に向けたさまざまな最新技術の検討を共同で行うためにゼロエミッション車移行協議会(ZEVTC)が結成され、30か国が加盟しました。[10]また、世界銀行は、グローバル・サウスにおける陸路輸送の脱炭素化を支援するための基金を新たに設立しました。[11]

電気トラックが高速道路を占拠する日が来るのは、まだ少し先の話かもしれませんが、Tesla(テスラ)[12]、Volvo(ボルボ)[13]、Scania(スカニア)[14]、Kenworth(ケンワース)[15]などのトラックメーカーがこぞって電気トラックの製造計画を発表していることから、道路で電気トラックを見かける日もそう遠くはないでしょう。

Tesla’s ‘Semi’ electric truck concept vehicle. Photo Credit © Tesla
Tesla初のEVトラック「Tesla Semi」のコンセプトカー 写真提供 © Tesla

規模は比較的小さいものの、水素エネルギーも未来の陸路輸送を担う可能性があります。大容量の水素燃料電池の開発が進めば、FCトラックが長距離輸送ネットワークの一翼を担うことも考えられます。

こう考えると、近年、英国、ドイツ、日本、オーストラリアなどの世界各国の政府が水素戦略を打ち出し、グリーン水素にリソースを投入していることも不思議ではありません。オランダは2025年までに500MWのグリーンな電解槽の運用開始を目指しており、ポルトガルは2023年までにグリーン水素を製造する新たな太陽光プラントを計画しています[16]

世界の中でも特に水素に積極的に取り組んでいるヨーロッパでは、欧州委員会(EC)が、2050年までにカーボンニュートラルを目指す上で、グリーン水素を主な要因に定めています。

欧州委員会の段階的戦略は以下のとおりです。

  • 2024年までに、EUに少なくとも6GWの再生可能な水素電解槽を設置し、最大100万トンの再生可能な水素の生産能力を確保する
  • 2025年から2030年の間に、少なくとも40GWの電解槽を設置し、最大1,000万トンの再生可能な水素を生産する
  • 2030年から2050年の間に、すべての「脱炭素化が難しい」セクターにおいて大規模な水素技術を配備する[17]

European Clean Hydrogen Alliance水素の可能性に期待を寄せる欧州では、欧州クリーン水素同盟(ECHA)と呼ばれる新たなパートナーシップが設立されました。ECHAは、各国や地域のリーダー、銀行、業界トップが一体となり、グリーン水素の生産規模を拡大するための投資パイプラインを確立することを目的としています。

コスト面からも、水素開発の推進の勢いが高まっています。欧州復興開発銀行(ERBD)は、水素の価格が現在の3〜6米ドル/kgから、2050年までにはわずか1.50米ドル/kgまで下がる可能性があることを指摘しています。そこまで下がれば、天然ガスにも十分に対抗できます[18]

変革は一朝一夕に成し遂げることはできませんが、陸路輸送の脱炭素化を推進するためには、より多くの対策が必要です。例えば、インフラについて見てみましょう。長距離BEVのドライバーは、国境の両側で充電が必要なのにも関わらず、現在のところ、充電ネットワークの整備状況は各国によりまちまちです。こうした格差を解消し、BEVを最大限に活用するため、WEFでは車両と充電ステーションの両方に共通のソフトウェアプロトコルとユニバーサルコネクターを採用することを推奨しています[19]

それでも、陸路輸送の方が、国際海上輸送よりも変革が迅速に進むかもしれません。船舶は耐用年数が数十年に上り、二酸化炭素排出量を削減するにはクリエイティブな発想が求められるからです。

よりクリーンな未来に向けた海上輸送の挑戦

海運業は、世界の汚染物質の約2.5%を占めており、年間で約9億4,000万トンの二酸化炭素を排出しています。海上輸送は私たちの社会に不可欠なものであり(物資の90%は、ある時点で海上経由での輸送が必要)、電気への移行も複雑です[20]。このまま貿易量が増加の一途を辿ると、海上輸送は2050年までに温室効果ガス排出総量の約10分の1を占めることになる可能性があります[21]。そこで、国際海事機関(IMO)は、海運業界の二酸化炭素排出量を2050年までに50%削減することを目指しています。[22]

この目標を実現するためには、最新技術と適切な政策の両方が欠かせません。

Global Maritime Forumグローバル海事フォーラムが設立した「Getting to Zero Coalition」は、2030年までに二酸化炭素排出量ゼロの深海船の実用化を目指し、海事、インフラ、エネルギー、金融の分野にわたる150社以上の民間企業が参加している企業連合です。[23]

この目標を達成するためには、船舶の設計変更だけでなく(陸路輸送と同様に)、燃料サプライチェーンを刷新し、ゼロカーボンエネルギーの低価格化を実現する必要があります。そのため、Getting to Zero Coalitionでは、特に主要な再生可能エネルギー源の開発が遅れている新興国において、ゼロカーボンエネルギー・プロジェクトへの官民投資の拡大に取り組んでいます。

一方で、WEFは、「船主、運航会社、燃料供給会社による新燃料や最新技術への投資を促進する」ためのインセンティブを提供する新政策を提唱しています[24]。こうした政策には、完全なライフサイクル分析に基づいた二酸化炭素排出量に対する適切な料金設定を行い、容易に入手できる化石燃料の使用を抑制することなどが挙げられます。

世界中の政治家が今、協調した取り組みを始めています。

COP26では、英国や米国を含む22か国が、国際海運からの温室効果ガス排出の削減のため、温室効果ガスを排出しないゼロエミッション船が運航される「グリーン海運回廊」を、これからの10年間の半ばまでに、少なくとも6つ開設することを目指す「クライドバンク宣言」に署名しています[25]

技術は低価格化に役立ちますが、船舶用の代替燃料やエネルギー貯蔵システムは、現在さまざまな開発段階にあり、その普及には時間がかかることが分かっています[26]

液化天然ガスを燃料とする船舶も徐々に増え始めていますが、その炭素集約度は、重油(HFO)に比べて30%低い程度です。そのため、液化天然ガスは長期的なソリューションというよりも、2050年目標に向けての移行に適した燃料と見なされています[27]

グリーン水素やアンモニアは、それよりもクリーンな燃料ですが、貨物船レベルでの実用化に至るまでには、更なる改良が必要です。いずれもエネルギー密度が重油よりはるかに低いため、燃料補給の回数が多いことや、貨物スペースが損なわれることがネックになります。また、水素は超低温で保存する必要があります。

こうした技術は、まだ黎明期の段階です。昨年、ノルウェー最大のフェリー会社Norled(ノルレッド)は、水素を燃料とする世界初の旅客フェリーを開発し、フィヨルドでの航行を開始しました[28]

Norledの水素フェリー 写真提供:© LMG Marin

こうした暫定的な実験が実施されているものの、現在は、国際海運業界のニーズを満たすだけの水素やアンモニアは製造されていません。この一因には、コストの高さが挙げられます。いずれは、低価格の再生可能エネルギーが豊富になるにつれて、必然的に低価格化が進み、供給も増加して新規市場の大きなニーズを満たすことができるようになるでしょう。

Deloitte(デロイト)とShell(シェル)が海運業者を対象に実施した最近のアンケート調査によると、回答者の65%が、グリーン水素が未来の燃料ミックスに大きな割合を占めることになるだろうと考えており、55%がアンモニアについても同様の考えを示しています[29]

いつか、次世代の燃料電池が水素やアンモニアなどのグリーン燃料のエネルギーを、安全かつ低価格でコンパクトに貯蔵できる日が来るでしょう。そのような電池が実用化されるまでには5〜10年程度かかると予測されていますが、技術の進歩に伴い、業界の常識を塗り替えるようなブレークスルーが生まれるでしょう。

一方で、日本郵船株式会社(以下「日本郵船」)は、海運業の電気化を実証するための取り組みを進めています[30]

2012年、高電圧の6.6KV仕様の受電装置を搭載した「NYK Apollo」は、米カリフォルニア州オークランド港に寄港の際に陸上からの電源供給を受け、寄港中の船舶の発電機による大気汚染の解消に成功した日本初の船舶となりました[31]

日本郵船は、株式会社パワーエックスと契約を結び、電気運搬船「Power ARK」や、海運業向けエネルギー貯蔵ソリューション(ESS)の開発とテストに取り組んでいます。

株式会社パワーエックスは現在、沿岸深部にあるウィンドファーム(集合型風力発電所)の洋上風力で発電された電力を輸送する自動化された「Power ARK」トリマランを建設中です。このトリマランは、試験を経て2025年に運航を予定しており、21万世帯分の電力に相当する100個のグリッドバッテリーを輸送する予定です[32]

株式会社パワーエックスは、電力のみで最大300kmの航行が可能な本船が、大陸間のクリーン電力伝送を実現し、

ゼロエミッション船や自動化への移行を加速する推進力となることを期待しています。

この事業提携において、日本郵船 専務執行役員の小山智之氏は、マリンバッテリーを「再生可能エネルギーの導入や拡張の障壁を解消するカギ」だと述べています[33]

このような斬新な考え方は、航空輸送産業の環境問題の解決にも役立つでしょう。

航空貨物:持続可能な燃料への移行

航空産業は、世界の二酸化炭素排出量の約2.5%を占め、毎年約10億トンの二酸化炭素を大気中に排出しています[34]。世界全体の貿易量のわずか1%にも関わらず、貿易総額の35%を占める空輸は、世界の物流ネットワークに欠かせない輸送手段です[35]

最新の調査によると、航空産業は2050年までに0.1℃の地球温暖化の直接の原因になることが明らかになっています。しかし、2050年までに燃料ミックスの90%をカーボンニュートラル化できれば、気温上昇を完全に回避することも可能です[36]

電気や水素を動力源とする航空機などの代替推進システムは、特に物流に必要となる重量や距離の条件を満たすことができず、技術の進歩が期待されます[37]。そのため、航空貨物の脱炭素化を図るには、航空輸送の需要を満たすクリーンな燃料を見つけられるかどうかに尽きます。

持続可能な航空燃料(SAF)なら、航空機の生涯二酸化炭素排出量を最大80%削減でき、既存の航空機の混合燃料としても使用できます。しかし、SAFの価格は従来の燃料に比べて最大8倍に上るため、現在は、年間3億トン消費されている航空燃料のわずか1%に過ぎません[38]

何か、変革の推進力となるものが必要です。国際エネルギー機関(IEA)の持続可能な開発シナリオでは、2030年までに航空燃料の約10%、2040年までに約20%をバイオ燃料に切り替えることを提唱しています。[39]

Decarbonizing logistics : Aviation fuel consumption

現在のSAFは、動植物の廃油などの有機物を原料として製造されています。科学者は、将来的に工業プロセスで排出される二酸化炭素や、低排出ガス源から抽出した水素を用いて、合成SAFを製造できるのではないかと期待しています[40]

SAFの認証機関であるASTMインターナショナル(旧米国材料・試験協会)が研究用に最近承認したSAFには、最大50%の混合が可能な合成パラフィンケロシン(SPK)や、最大10%の混合が可能な合成イソパラフィンケロシン(SIP)などがあります[41]

バイオジェット燃料の研究はまだまだこれからですが、政治の世界では、バイオジェット燃料を推進する動きが広がっています。COP26では、米国、日本、英国を含む23か国が、航空機の二酸化炭素排出量を削減し、より燃費の良い航空機の製造を促進することにより、2050年二酸化炭素排出量実質ゼロを目指す「国際航空気候野心連合」を結成しました[42]

この連合は、今後30年で航空貨物が大幅に増加することを見据え、航空産業が持続可能性を基盤に、新型コロナウイルス感染症の影響から回復を図ることを目指しています。多角的なアプローチとして、加盟国は、国際民間航空のためのカーボン・オフセット及び削減スキーム(CORSIA)を支援し、航空機のライフサイクルにおける二酸化炭素排出量を削減するためにSAFの更なる開発を推進することを表明しています。

英国政府は2020年、業界リーダーや政府が協力して航空産業の脱炭素化を図ることを目的にジェット・ゼロ・カウンシルを設立しました。英国政府の「グリーン産業革命」には、英国でのSAFの製造を支援するための1,500万ポンド(2,020万米ドル)のコンペをはじめ、2025年以降にケロシンにグリーン燃料の混合を義務化するための協議や、2030年までにゼロエミッション航空機の運航を目指すための12か月間の研究費として1,500万ポンド(2,020万米ドル)を追加拠出するなどの項目が含まれています[43]

グリーン水素は、直接燃料や燃料電池として、航空産業の代替推進技術になり得るのでしょうか? その答えは「はい」ですが、その開発はまだ初期の段階です。

重量が大きな意味を持つ航空産業において、水素は単位質量あたりのエネルギーがリチウムイオン電池の100倍以上、通常のジェット燃料の3倍以上であることがメリットです[44]

2020年、ZeroAvia(ゼロアビア)の水素燃料を動力源とする6人乗りPiper Mクラス機が英国のクランフィールド空港から離陸し、英国初の商用電気飛行を行いました。2回目の試作機は、約20人乗りで最大350マイル(約560km)の航続距離を達成する可能性があります。ZeroAviaは2026年までに、航続距離が最大500マイル(約800km)の80人乗り旅客機を製造することを目指しています。

大手航空会社のAirbus(エアバス)も、水素を利用したクリーンな民間航空機の開発を進めています。同社は液体水素を燃料とし、水素燃料電池で発電する「水素ハイブリッド」コンセプト機3機の開発を進めており、2035年までに商業運航を実現することを目指しています。

最初のコンセプト機は乗客100人を1,000マイル(約1,600km)運ぶプロペラ機、2番目は200人の乗客を2,000マイル(約3,200km)運ぶジェット機、3番目はまだ容量が特定されていない混合翼の設計です。

水素を動力源とする旅客機には技術的な課題が多く残されています。水素を圧縮したり液体にするためには、水素ガスを-253℃まで冷却する必要があることが主な要因です。そのため、大きなタンクを搭載したり、乗客数を調整したり、抗力に耐え得る巨大な機体を採用しなければなりません。更に空港のインフラ整備も必要になります。

完全な電動航空機の製造技術や商業化の可能性は、更に低くなります。長距離飛行に必要な電力を備えたバッテリーは重量負担が大きいため、航空産業の重鎮でさえ、大型電動航空機が実用化されるのは何十年も先のことだと考えています[45]。電動飛行機の開発に向けた動きは徐々に始まっていますが、貨物輸送業者のニーズを満たせるサイズには程遠いため、当面は縁のない話だと言えるでしょう。2019年、カナダの水上飛行機会社Harbour Air(ハーバーエア)は、750馬力の完全電動モーターを搭載した世界初の6人乗り完全電動商用機「デ・ハビランド・カナダ DHC-2 ビーバー航空機」の30分間の試験飛行を成功させました。米国では、NASAが航続距離100マイル(約160km)、巡航速度172mphの全電動式2人乗り航空機「X-57」の設計やバッテリーの開発に取り組んでいます。これは、最新技術の推進に拍車をかける野心的な試みです。

最終的には、航空産業は、ジェットエンジンと電気モーターを組み合わせたハイブリッドソリューションへと向かって行くでしょう。ゼロエミッションとはいかなくても、よりクリーンな選択肢です。

二酸化炭素排出実質ゼロで大量の航空貨物を輸送するイノベーションはまだ生まれていませんが、気候変動の流れを受けて、航空輸送の脱炭素化に向けた努力は継続されるでしょう。グローバルなサステナビリティの取り組みと同様に、公的な支援策を十分に活かすためには、民間部門の専門知識が不可欠です。

物流の脱化石燃料化

Airbus is working to deliver the world’s first zero-emission commercial aircraft by 2035, with hydrogen propulsion helping deliver on this ambition.  Photo Credit: courtesy © Airbus
Airbusは、2035年までに世界初のゼロエミッション民間航空機の実現を目指しています。水素技術の進歩は、この目標の達成を加速するのに役立つでしょう。写真提供 © Airbus

実質ゼロ・ソリューション技術は、まだ商用化に至っていないものも多いことから、IEAが「今後半世紀にわたり、運輸部門の二酸化炭素排出量を削減するのは手ごわい取り組みになるだろう」と明言するのも無理はありません[46]

確かに、海上輸送、航空輸送、そして特に陸路輸送が鉄道の環境性能に匹敵するようになるまでには長い道のりがあります。少なくとも先進国では、鉄道ネットワークはかなり電気化が進んでおり、その二酸化炭素排出量は、貨物と旅客を合わせても、運輸・輸送業界全体のわずか1%に過ぎません[47]

気候変動対策には国際的な協調体制が重要です。2021年11月10日のCOP26の「運輸の日」は、物流部門の脱炭素化を目指す人々に希望を与えました。

前述のクライドバンク宣言と国際航空気候野心連合以外にも、運輸の日には、中型・大型トラックのゼロエミッション化に関する覚書(2030年までにゼロエミッションの新車トラックの販売が30%を占め、2040年までに100%に拡大することを目指す)と、ゼロエミッション車やバンへの移行を加速する宣言(2040年までにすべての新車のクリーン燃料化を目指す)が発表され、多くの支持を得ています[48]

Decarbonizing logistics: International initiatives for Transport Climate Action launched atCOP26

Holes Bay, Dorset - FRV, Harmony Energyカナダ、フィンランド、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、デンマーク、英国は、こうした4つの協定にすべてに署名しています。

Abdul Latif Jameel(アブドゥル・ラティフ・ジャミール)のような民間企業も、カーボンフリーな流通チェーンを目指す国際的な取り組みに積極的に協力しています。

ジャミール・ファミリーは、JIMCOを通じて、電気自動車や配送バンの開発を通じてBEV技術の限界に挑む電気自動車分野のパイオニアとして知られるRIVIAN(リビアン)に投資しています。また、貨物輸送の電気化を推進するための最新技術の開発も重視しています。例えば、Abdul Latif Jameel Energy(アブドゥル・ラティフ・ジャミール・エネルギー)の再生可能エネルギー技術の開発部門であるFRV-Xの専門イノベーション機関、Fotowatio Renewable Ventures(FRV)は、蓄電池技術のパイオニアとして、電気化の推進に向けた研究を行っているほか、グリーン水素バスタクシーの取り組みも行っています。

2021年9月、FRV-XはHarmony Energy(ハーモニー・エナジー)との提携により、英国エセックス州のクレイタイで第3の産業用エネルギー貯蔵電池施設を建設するプロジェクトに着手しました。

現在は、99MW/198MWh規模を誇る英国最大のバッテリーエネルギー貯蔵システム(BESS)を建設中です。

英国ウェスト・サセックス州における34MW規模のコンテゴプロジェクトには、28個のリチウムイオン電池を使用したTesla(テスラ)の大型蓄電システム、Tesla Megapackが採用されました。このコンテゴでの成功を受け、クレイタイでは更に規模が拡張されます。一方で、英国ドーセット州ホールズベイにある蓄電プラント(発電能力 7.5MW)は、英国の国家送電網のエネルギーを貯蔵し、需要ピーク時の供給に対応することで、送電網の安定化と英国の脱炭素化計画の推進を図ります。

 

また、Abdul Latif Jameelは世界各地でクリーンなグリーン電力の生成に取り組んでいます。こうしたエネルギー源は、相互に連結したゼロエミッション物流ネットワークの実現に欠かせません。FRVの太陽光発電技術の専門家は、5大陸にわたり50基を超える再生可能エネルギー発電所の開発を手掛けました。オーストラリア、中東、インド、アフリカ、米国、中南米にわたる太陽光発電市場で、2.5GW以上のプロジェクトポートフォリオを有しています。また、オーストラリアのクイーンズランド州ダルビーでも、太陽光発電と蓄電池施設を組み合わせた国内初のハイブリッド発電所(発電容量5MW)の建設が進んでいます。

風力発電もグリーンエネルギーミックスにおいて重要な役割を果たします。そのため、FRVのチームは現在、世界中のグリーンフィールドとブラウンフィールドの両方で風力発電の可能性を探っています。

一方で、Abdul Latif Jameel Logistics(アブドゥル・ラティフ・ジャミール・ロジスティクス)と、国内でラストワンマイル配送サービスを提供するS-Mile(スマイル)は、2022〜2024年戦略の一環として、数々のスマートモビリティ・ソリューションを検討しています。

サウジアラビアの事業者は、自律走行トラックや配送車、ドローン、直接配送に代わるPUDO(ピックアップ&ドロップオフ)システムなどのさまざまなデジタルグリーン配送の導入を検討しています。

こうした事業者は、多くの国際企業との事業提携を視野に入れています。現在、サウジアラビア運輸省では規制整備の議論が進んでおり、その規制が整い次第、事業者は提携に乗り出す構えを見せています。この戦略は「二酸化炭素排出実質ゼロ」の達成だけでなく、サウジアラビアを世界の物流拠点として戦略的に位置づける「サウジ・ビジョン2030」の目標にも合致しています。

Fady Jameel
アブドゥル・ラティフ・ジャミール
副社長兼副会長
ファディ・ジャミール

「グリーン化を目指す上で、生産と消費におけるローカライゼーションの重要性は誰もが認めるところですが、現代のように統合された社会では、メーカーと市場の間で大量の物流が発生することに変わりはありません」とAbdul Latif Jameel社長代理兼副会長のファディ・ジャミールは語ります。

「現在、貨物輸送における二酸化炭素排出量を削減する技術の開発が進んでいます。気候変動の脅威に立ち向かうためには、このような技術の開発と低価格化を更に推進していく必要があります」

「先進的な民間部門は、公的な支援策の枠組みの中で未解決の課題を克服し、クリーンな推進システムやエコ燃料への移行を促進する原動力となります。私たちの生活様式を維持し、未来の世代のために地球を守る上で、この上なく大切な取り組みです」

 

[1] https://climate.mit.edu/ask-mit/how-can-carbon-emissions-freight-be-reduced

[2] https://www.itf-oecd.org/sites/default/files/docs/cop-pdf-06.pdf

[3] https://www.iea.org/data-and-statistics/charts/global-energy-related-co2-emissions-by-sector

[4] https://www.statista.com/statistics/1185535/transport-carbon-dioxide-emissions-breakdown/

[5] https://www.eea.europa.eu/publications/emep-eea-guidebook-2019

[6] https://climate.mit.edu/ask-mit/how-can-carbon-emissions-freight-be-reduced

[7] https://www.weforum.org/agenda/2021/08/how-to-decarbonize-heavy-duty-transport-affordable/

[8] https://www.gov.uk/government/news/uk-confirms-pledge-for-zero-emission-hgvs-by-2040-and-unveils-new-chargepoint-design

[9] https://www.theguardian.com/business/2021/jan/09/norways-electric-car-drive-belies-national-reliance-on-fossil-fuels

[10] https://ukcop26.org/zero-emission-vehicles-transition-council-2022-action-plan/

[11] https://www.worldbank.org/en/topic/transport/brief/global-facility-to-decarbonize-transport

[12] https://www.tesla.com/semi

[13] https://www.volvogroup.com/en/news-and-media/news/2020/nov/news-3820395.html

[14] https://www.electrive.com/2020/09/15/scania-launches-sales-of-bev-phev-trucks/

[15] https://electrek.co/2020/09/13/kenworth-electric-trucks/

[16] https://www.ebrd.com/news/2020/is-green-hydrogen-the-sustainable-fuel-of-the-future-.html

[17] https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_20_1259

[18] https://www.ebrd.com/news/2020/is-green-hydrogen-the-sustainable-fuel-of-the-future-.html

[19] https://www.weforum.org/agenda/2021/08/how-to-decarbonize-heavy-duty-transport-affordable/

[20] https://www.ukri.org/news/shipping-industry-reduces-carbon-emissions-with-space-technology/

[21] https://www.theguardian.com/world/2021/sep/20/global-shipping-is-a-big-emitter-the-industry-must-commit-to-drastic-action-before-it-is-too-late

[22] https://www.ukri.org/news/shipping-industry-reduces-carbon-emissions-with-space-technology/

[23] https://www.globalmaritimeforum.org/getting-to-zero-coalition/

[24] https://www.weforum.org/agenda/2021/05/decarbonising-shipping-the-time-to-act-is-now/

[25] https://www.gov.uk/government/publications/cop-26-clydebank-declaration-for-green-shipping-corridors/cop-26-clydebank-declaration-for-green-shipping-corridors

[26] https://www2.deloitte.com/global/en/pages/energy-and-resources/articles/decarbonising-shipping.html

[27] https://www.bbc.co.uk/news/uk-scotland-51114275

[28] https://hydrogen-central.com/lmg-marin-first-hydrogen-powered-ferry-delivered-norwegian-owner-norled/

[29] https://www.shell.com/promos/energy-and-innovation/decarbonising-shipping-all-hands-on- deck/_jcr_content.stream/1594141914406/b4878c899602611f78d36655ebff06307e49d0f8/decarbonising-shipping-report.pdf

[30] https://www.offshorewind.biz/2021/08/19/transporting-offshore-wind-electricity-by-automated-ships-a-new-concept-emerges-in-japan/

[31] https://www.nyk.com/english/news/2012/NE_121031.html

[32] https://splash247.com/nyk-joins-powerx-in-developing-electric-vessels/

[33] https://www.offshorewind.biz/2022/02/02/power-x-forms-strategic-business-alliance-with-nyk-line/

[34] https://ourworldindata.org/co2-emissions-from-aviation

[35] https://www.atag.org/facts-figures.html

[36] https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1748-9326/ac286e

[37] https://www.itf-oecd.org/sites/default/files/docs/decarbonising-air-transport-future.pdf

[38] https://www.weforum.org/agenda/2021/09/aviation-flight-path-to-net-zero-future/

[39] https://www.iea.org/commentaries/are-aviation-biofuels-ready-for-take-off

[40] https://www.weforum.org/agenda/2021/09/aviation-flight-path-to-net-zero-future/

[41] https://www.itf-oecd.org/sites/default/files/docs/decarbonising-air-transport-future.pdf

[42] https://www.gov.uk/government/publications/cop-26-declaration-international-aviation-climate-ambition-coalition/cop-26-declaration-international-aviation-climate-ambition-coalition

[43] https://www.gov.uk/government/publications/the-ten-point-plan-for-a-green-industrial-revolution/title#point-6-jet-zero-and-green-ships

[44] https://www.bbc.com/future/article/20210401-the-worlds-first-commercial-hydrogen-plane

[45] https://www.forbes.com/sites/uhenergy/2021/07/12/time-to-clean-the-skies-electric-planes-have-arrived/?sh=3d0e0190734a

[46] https://www.iea.org/reports/energy-technology-perspectives-2020

[47] https://www.weforum.org/agenda/2020/10/cars-planes-trains-aviation-co2-emissions-transport

[48] https://changing-transport.org/cop26-a-launchpad-for-new-partnerships-in-transport/