電気自動車(以下「EV」)が現代の交通機関として大きな成功を収めていることに疑いの余地はありません。

トヨタプリウスは、小型で燃費の良い1.5リッターガソリンエンジンと電動モーターを組み合わせた電動推進システム[1]を採用し、回生ブレーキで更に燃費を向上させた世界初の量産ハイブリッド車です。1997年に、Abdul Lateef Jameel(アブドゥル・ラティフ・ジャミール)と70年近く事業提携を結んでいるトヨタ自動車がプリウスを発表して以来、内燃機関を補完または代替する電動車の売上は右肩上がりに増加しています。経済的で走行性能が高く、環境問題や規制の強化に対応しているというドライバーにとっての魅力に加え、多くの国で税制上の優遇措置が適用されていることや、都市部の無料駐車場を利用できるなどの実用的なメリットが売上を後押ししています。

2021年末には、ヨーロッパの新車の5台に1台、[2]中国では7台に1台[3]を電動車が占めるまでになりました。最初に世論を味方につけたのは、プリウスのようなハイブリッド車です。しかし、過去5年でバッテリー技術が大幅に進化したことから、EVを道路で普通に見かけることが増えました。

自動車全体の売上が落ちている中で[4]EVだけが現在も爆発的な売上を記録しています。英国とデンマークでは、2030年までにEV以外の新車の販売が違法になります[5][6]。ハイブリッド車の販売も2030年までに禁止される予定です。他のほとんどのEU諸国も同様の目標を掲げており、中国では2035年までに純ディーゼル車や純ガソリン車が違法になる予定です。

電気自動車(EV)は、メンテナンスが容易で維持費がかからず、静音でスムーズな走行を楽しめることや、グリーン認証を取得できることが消費者を魅了し、大幅に売上を伸ばしています。Tesla(テスラ)、RIVIAN(リヴィアン)、NIO(ニーオ)、Polestar(ポールスター)などの革新的なEVメーカーは、需要の急増に応じて急速に供給能力を高め、さまざまな市場セグメントに画期的な新モデルを投入しています。トヨタ自動車は、世界総販売台数1,000万台のうち、バッテリー電気自動車(BEV)の年間販売台数を現在の200万台から350万台に増加する野心的な目標を掲げ、2030年までに配送車を含む30種の新型BEVを発表する計画を立てています。

トヨタ自動車の豊田章男社長は、4,350億米ドルの開発費を投じて、2030年までに16種の新型EVモデルをラインアップに追加するEV戦略を発表した。(写真提供 © トヨタ自動車)

全セクターに及ぶEV化

高速道路でEV乗用車を見かけることは普通になりましたが、バッテリー技術は他の交通機関にも応用が効きます。中国の深セン市は、2020年にディーゼルバスから電動バスに完全に移行しています。

電動バンの普及は若干遅れているものの、日産自動車、Renault(ルノー)、Mercedes(メルセデス)などがEVラインアップを発表しており、フォードもEトランジット[7]を発表したことから、今後EV化が進むことは間違いないでしょう。

カルフォルニアのEVスタートアップ企業Neuron EV(ニューロンEV)は、TeslaやHyundai(ヒョンデ)に対抗する大型トラック「TORQ」を発表した。(写真提供 © Neuron EV)

Arrival(アライバル)[8]やVolta(ボルタ)[9]などのスタートアップ企業や、Volvo(ボルボ)、DAF(ダフ)、Mercedesなどの大手自動車メーカーは、大型EV商用車の製造に着手しています。

大型車の輸送距離や積載量に対応できる2MW級[10]のバッテリーや充電システムが開発中であることから、最大級のアーティキュレートトラックがEV化される未来もそう遠くはないでしょう。

乗用車ほど話題にはなりませんが、ショールーム以外でも大きな変化が起きているのです。

内燃エンジン搭載車が、タンカーやガソリンスタンドといった巨大インフラが必要なのと同様に、EVには電力インフラ(スマートグリッド)が必要です。残念ながら、既存の電力システムではEVの電力需要に対応しきれないのが現状です。世界中の規制当局、電力会社、送電事業者、地域配送ネットワーク、充電ポイントの運営会社が大きな課題に直面しています。EVの普及化に応じて十分な電力を確保するにはどうすればよいのでしょうか?

問題ではなく「課題」

電力供給の専門家は、EV化の未来に対応するには大幅な変革が必要であるとの認識を示す一方で、適切な計画と投資を実行すれば、EVに対応できる電力供給体制を確立できると明言しています[11]。もちろん、電力網のアップグレードや新規発電所の建設もその一部に含まれますが、既存の設備の最適化とデータ活用により電力網の負荷を分散させることも考えられます。

例えば、McKinsey & Co.(マッキンゼー・アンド・カンパニー)の専門家は、ドイツのEV所有者が即時に充電できる体制を整えるには、2030年までにピーク時の電力網の容量を5GW追加する必要があると述べています[12]。これは大型火力発電所6基分の電力ですが、火力発電所に依拠すると、2035年までに二酸化炭素排出量実質ゼロの電力網を実現するという同国の目標を達成できません[13]。幸いなことに、ピーク時の電力需要を最小限に抑え、クリーン電力を活用するソリューションは数多く存在します。

地域配送ネットワークでは、需要ピーク時や電力需要が集中する場所を正確に把握できます。例えば、EV所有率が高く、ドライブウェイやガレージ、家庭用充電器が多く設置されている郊外の住宅地や、商用車向けの充電ステーションでは、その日の作業を終え、翌朝に備えて車を充電する平日の終業時間帯に需要ピークを迎えます。ピーク時は電力網に一時的に大きな負荷がかかるため、発電量を増加して対応する必要が生じます。短期的にはオイルやガス発電、より持続可能な方法としてはエネルギー効率の良い低炭素/ゼロ炭素エネルギー源を使用して対応することが考えられます。

アクティブ/パッシブソリューション

電力会社、政府、そして大方の世論は、単に発電所を増設するだけでは今後の課題に対応できないという見解で一致しています。1日わずか数時間の特定地域のピーク需要を満たすために、温室効果ガスを排出する大型発電所を建設するのはコストやムダが大きすぎます。

電力網への一時的な負荷に対応するためのソリューションには、アクティブソリューションとパッシブソリューションの2種類があります。

パッシブソリューションは、低コストの夜間料金を設けて消費者に節約を促す方法です。例えば、Octopus Go[14]と呼ばれる英国の電気料金プランでは、1kWhあたりわずか7.5ペンスの早朝料金を設けています。これは、国内の平均電気料金の半額以下で、人気EVの走行距離1マイルあたり3ペンスに相当します。

電力価格の変動を反映した料金プランもあり、家庭用蓄電池やスマート給湯器/暖房システムを備えた家庭では、風の強い日や晴れの日に電気料金を節約できます。また、時には電気価格がゼロを割ることもあり、その場合は電力網の安定化を図るため、余剰電力を消費する家庭に料金が支払われることになります[15]

アクティブソリューションとしては、電力会社、送電事業者、地域配送ネットワークがデータを駆使して公共・民間両方の充電ポイントを遠隔操作することが挙げられます。充電スタンドへの接続直後から充電が開始されるのではなく、EVが必要になるまでに充電が完了するよう電力供給の配分を調整するのです。

局所に低コストの蓄電システムを設置し、卸電力取引所で蓄放電を操作すれば、新規発電所を建設するよりも大幅にコストを抑えることができます。太陽発電や風力発電など、日中の発電が活発な再生可能エネルギーの余剰電力を利用し、オフピーク時に少しずつ蓄電システムを充電してピーク時に放電することで、安定した電力供給を実現できます[16]。また、スマートメーターやスマート充電システムのネットワークを通じて、各EVが必要になる時刻を把握し、特定地域における夜間の負荷を分散させる方法もあります[17]

同様に、商用車の充電ステーションでも、独自のスケジュール管理ソフトウェアを駆使して大量の大型車の充電を行う夜間の電力容量を分散させることで、専用ネットワークの電力容量を最小限に抑えつつ、大型車の充電ニーズに対応できます。

V2G技術(ビークル・トゥ・グリッド:EVの蓄電池に蓄積されている電気エネルギーをスマートグリッドと呼ばれる次世代電力網に送電する技術)の普及が進むにつれ、EV自体のグリッドアセットとしての活用も期待されています。スマートグリッドを通じて余剰な再生可能エネルギーやゼロ炭素エネルギーを蓄電し、必要な時に放電するのです。こうすることで、場所や投資が必要な定置型蓄電池が不要になると同時に、周辺地域への安定した電力供給を実現できます。

自宅で充電中のFord F-150ライトニング (写真提供 © Ford Motor Co.)

初代EVはV2Gに対応していない場合があるものの、V2Gは今、急速に普及しています。

Fordの電動ピックアップトラック「F-150ライトニング」にはV2G対応の蓄電システムが標準搭載されています。多くの日産EV車やHyundaiの人気モデル「IONIQ」も同様です5

Volkswagen(フォルクスワーゲン)、Renault、Polestar、Volvoの車両も、必要に応じて電力系統に送電できる機能が搭載される予定です。田舎や郊外はドライブウェイやガレージがあるのが一般的で、使用していないEVを電気系統に接続したままにしておく可能性が高いことから、ピーク時に備えて電力網をアップグレードする必要性が大幅に減ることが予想されます。

人口集中地区から離れた地方のスマートグリッド化

通常、地方における急速充電の需要に対応するには大規模な電力網のアップグレードが必要ですが、ここでもローカルな蓄電システムが費用対効果の優れた代替ソリューションとして効力を発揮します。

個々の家庭や小規模なグループで低コストの使用済みEVバッテリーを共有し、低電圧充電に活用するのです。この簡易蓄電システムを1日の大半をかけて少しずつ充電しておけば、ピーク時に現行EVモデルの充電に必要な7kWの電力を供給できます。

また、ローカルな蓄電システムがあれば、コストのかかる遠隔地の電力網のアップグレードや遅延も回避できます。大規模な電力取引所から各農家や集落までの電力網をすべて整備する必要がなくなるため、老朽化した電気回路でも過負荷の心配なくEVのメリットを享受できます。

エンジニア不足や規制要件などにより、地方の電力網の補強作業は必要以上に時間がかかることが多いため、ネットワークの整備が需要の急増に追いつけない可能性があります。

充電の待機時間が長い地域や、充電ポイントのネットワークが不安定な地域の調査では、EVの普及率が非常に低いことが報告されています。その最たる例が北アイルランド[18]です。公共充電ネットワークへの投資不足や、電力網の整備に関する規制の整備の遅れにより消費者の信頼が損なわれ、EVの普及率はわずか0.4%に留まっています。世界一の普及率を誇るノルウェーの17%と比較すると、非常に低い数値です。

国際充電規格の不足

EVの普及を妨げているもうひとつの要因は、充電規格が国際的に統一されていないことです。

現在、EV充電には3つのレベルがあります。

  • AC(交流電流)レベル1:標準の110V電源を使用し、5マイル/時で充電
  • AC(交流電流)レベル2:家庭用充電器で最も人気のタイプ。240V電源を使用し、毎時10〜30マイル/時で充電
  • DC(直流電流)急速充電(レベル3):商用・工業用充電器に多く見られるタイプで、最速150マイル/時の充電が可能

急速充電は公共充電器の「黄金律」ですが、下記の表を見ると分かるとおり、現時点で急速充電規格は世界に4つあり、コネクタの種類がそれぞれ異なることが複雑化を招いています。

俯瞰的な視点で見れば、1980年代のVHSとベータマックスの「ビデオ戦争」のように、いずれは1つか2つに絞られるでしょう。しかし、短期的には、EV所有者、EVメーカー、規制当局が考慮する必要のある事項です。また、世界各国で公共充電インフラへの投資にばらつきがあります。IEA(2021年には最大180万基の公共充電ポイントが設置されており[19]、全世界の市場で公共充電器(高速/低速)の設置が急速に進んでいるものの、各国の設置台数には格差があります。例えば、EU諸国のほとんどは、2020年の時点で公共充電器の設置台数とEV台数の比率が推奨値に達していません[20]

EV走行はプレミア体験

上記の課題にも関わらず、世界各国の政府は、人間の営みが二酸化炭素を主とする温室効果ガスを排出し続け、気候変動をこれ以上悪化させることを阻止するために「脱炭素」の未来を誓い、その実現に向けてひたむきに取り組んでいます。代替燃料産業が成長し、消費者はEVを受け入れ、燃料源が多様化していることは、人類にとって喜ばしいことです。では、EVを所有することの個人的なメリットについてはどうでしょうか?

これまで消費者がEVをためらう要因には、航続距離に関する不安、便利な充電ポイントの不足、販売価格などに対する懸念がありました[21]。しかし、技術の進歩や投資額の増加、EVの普及を促進する戦略的な規制などにより、こうした懸念要因は解消されつつあります。

EVの購入のメリットは、単に地球の環境保全に良いことをしているという気分になれることだけではありません。消費者は、EVがガソリン車やディーゼル車よりも全体的な走行性能に優れていることに気づき始めています。そして、EVの走行性能は常に改良が進んでいます。従来の車に比べて静かでスムーズであるだけでなく、ブレーキ性能が優れており、加速が「ダントツ」に速いため、楽しく運転できることもEVへの移行の動機になっています。

電動モーターは内燃機関よりも小型で、バッテリーは床下に収まるように設計されているため、EVの車内空間は広々としています。可動部品が少ない分、故障が少ないのも魅力です。また、充電スポットを設置すれば、1日の終わりにコンセントに接続するだけで済むため、燃料補給のために停車する手間も省けます。

バッテリー価格の急速な低下や政府の補助金により、新型EVモデルの価格は従来の自動車に近づいています。また、EVは燃料費や維持費を大幅に節約できるため、生涯コストはもう何年も前からガソリン車を遥かに下回っています[22]

家庭用の急速充電器、または職場や駐車場で公共急速充電器の大幅な導入が進む前から、EVに移行してガソリン車やディーゼル車に戻る人は1%未満に留まっています[23]。EVを1度所有すると、単純にEVの方が良いと気づくのです。EV技術が急速に普及し、電力網への負荷が増加している背景には、EV自体にとても魅力があることが挙げられます。

仮想発電所

定置型蓄電池、スマート充電、V2G対応車を組み合わせた「仮想発電所」は、政府の脱炭素目標を達成しつつ、EV走行の電力需要に対応できる電力インフラを構築する上で重要な役割を果たすと考えられています。中央集権的なインフラ計画や大規模な工業発電から、比較的小さい自律型の電力設備、サーキュラーエコノミー(循環型経済)計画、スマート配電へのパラダイムシフトが進むにつれ、ピーク発電所が不要になり、本当の意味でのゼロ炭素のeモビリティを実現できるようになるでしょう。ワイヤレス充電やバッテリースワップ、ルーフソーラーパネル、走行中に充電が可能な道路などの最新EV充電技術が次々に開発されていることも、変革の推進力になるでしょう。

適切な計画と高度なエンジニアリング能力があれば、政府は二酸化炭素排出量の目標を達成し、電力会社は新規発電所の建設費用を節約でき、消費者はより信頼性の高い柔軟な電力供給を低コストで受けられるようになります。持続可能な脱炭素社会は単なる理想ではなく、手の届く所にあるのです。

EVの販売ブームは、バッテリー駆動車の普及が今後も続くことを示しています。メーカー、発電事業者、販売事業者、そして何よりも自治体が歩調を揃えて協力しあえば、移行期の混乱を最小限に抑えてモビリティ変革をスムーズに実現し、消費者と地球の環境保全の双方に大きな利益をもたらすことができるのです。

 

[1] https://global.toyota/en/prius20th/evolution/

[2] https://www.ey.com/en_gl/energy-resources/as-emobility-accelerates-can-utilities-move-evs-into-the-fast-lane

[3] https://www.scmp.com/business/china-business/article/3163005/electric-cars-account-over-20-cent-chinas-new-vehicle-sales

[4] https://www.oica.net/category/sales-statistics/

[5] https://www.spglobal.com/commodityinsights/en/market-insights/latest-news/oil/111820-factbox-uk-brings-forward-ban-on-new-ice-cars-to-2030

[6] https://www.euractiv.com/section/electric-cars/news/denmark-to-ban-petrol-and-diesel-car-sales-by-2030/

[7] https://www.ford.co.uk/vans-and-pickups/e-transit

[8] https://www.thetimes.co.uk/article/electric-van-maker-arrivals-big-plan-to-start-small-ch3cb9s2q

[9] https://www.commercialfleet.org/news/truck-news/2021/11/03/volta-zero-revealed-in-production-ready-form

[10] https://electrek.co/2018/05/10/chargepoint-2-mw-charger-electric-aircraft-and-semi-trucks/

[11] https://www.mckinsey.com/industries/automotive-and-assembly/our-insights/the-potential-impact-of-electric-vehicles-on-global-energy-systems

[12] https://www.mckinsey.com/industries/automotive-and-assembly/our-insights/the-potential-impact-of-electric-vehicles-on-global-energy-systems

[13] https://time.com/6124079/germany-government-green/

[14] https://octopus.energy/go/

[15] https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666792421000652

[16] https://new.abb.com/news/detail/46325/the-future-of-the-power-grid-in-the-coming-era-of-e-mobility

[17] https://www.mckinsey.com/industries/automotive-and-assembly/our-insights/the-potential-impact-of-electric-vehicles-on-global-energy-systems

[18] https://www.assemblyresearchmatters.org/2021/11/02/are-electric-cars-a-realistic-alternative-to-petrol-and-diesel-in-northern-ireland-today/

[19] https://vehiclefreak.com/ev-statistics/

[20] https://iea.blob.core.windows.net/assets/ed5f4484-f556-4110-8c5c-4ede8bcba637/GlobalEVOutlook2021.pdf

[21] https://today.yougov.com/topics/consumer/articles-reports/2020/10/23/whats-stopping-americans-buying-electric-cars

[22] http://evtc.fsec.ucf.edu/research/project6.html

[23] https://www.energylivenews.com/2022/01/12/ev-drivers-have-no-interest-in-returning-to-petrol-or-diesel/#:~:text=Less%20than%201%25%20of%20electric,cars%20and%20lower%20running%20costs.