脱炭素化に向けて、私たちが今できること
2015年、パリで開催された気候変動枠組条約締約国会議には196か国が集まり、地球温暖化による世界の平均気温の上昇を産業革命前の水準から2℃以下に抑え、さらに1.5℃以下を目指す「努力を模索する」ことで合意に達しました。
この協定は、1992年に採択された国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の第21回締約国会議(COP21)、および1997年に採択された京都議定書の第11回締約国会合(CMP11)で実現した 歴史的な合意です。世界の温室効果ガス総排出量のうち、55%以上を占める国が55か国以上批准することが発効の条件に掲げられ、2016年11月4日に正式に発効されました。2016年4月22日(アースデイ)までにニューヨークで174か国が署名し、自国の法制度内での採択(批准/受諾/承認/加入)を開始しています。
この目標達成に向け、気候科学者は、大気中の二酸化炭素濃度の増加を抑えるため、今世紀後半(2030〜2050年)に人為的な温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることで合意しました。現行の想定モデルによると、それまでに二酸化炭素排出量の増加が止まれば、地球温暖化を2℃以下に抑えることができるとされています。
これを受け、国際エネルギー機関(IEA)は、世界的な目標達成に向けた詳細な計画を発表しました[1]。この計画には、住宅の断熱や二酸化炭素の回収から発電や給電に至るまで、400を超える中間目標が設定されています。
この中間目標を達成するためには、抜本的な変革を早期に実現させる必要があります。現在、人為的な温室効果ガス(GHG)排出の最大の原因はエネルギー消費であり、全世界の排出量の76%を占めています[2]。エネルギー部門には、交通・輸送、電気・熱、建物、製造・建設、漏洩排出、燃料の燃焼などが含まれます。中でも、発熱・発電は温室効果ガスの総排出量の約32%を占めています。
IEAは、2030年までに第一世界の国々における削減対策なしの火力発電所を廃止し、1TWを超える太陽光/風力発電容量を確保して、再生可能エネルギーの常時供給量を大幅に増加する方針を立てています。また、2035年までに発展途上国の発電における温室効果ガスの排出量を実質ゼロにし、内燃機関の販売を廃止して、2050年までに太陽光発電を世界の電力構成の70%に増加する目標を掲げています。この点については、Abdul Latif Jameel Energy(アブドゥル・ラティフ・ジャミール・エナジー)の再生可能エネルギー事業部門であるFotowatio Renewable Ventures(FRV)をはじめ、再生可能エネルギー分野のトップ企業がすでに先陣を切っていることは喜ばしい限りです。
IEAのロードマップは非常に野心的ですが、重要な点は、奇跡的な技術ブレイクスルーを当てにしていない点です。目標達成に必要なエネルギー技術は、程度の差こそあれ、すでに世界中で導入されています。もちろん、各国政府が蓄電池システム、風力/太陽光/波力発電、安全な原子力発電などの分野への研究費を増額することは推奨されますが、報告書には完全に新しい未検証の技術は何も記載されていません。
ひとつ明白なのは、できる限りすべてのプロセスを電化すべきだということです。より多くの電力をカーボンニュートラルに生産できるよう、発電設備を変革していく必要もあります。また、電力網自体の刷新も必要です。
滑り出しは順調…?
排出量の削減の取り組みについては、私たちはすでに大きな進展を遂げてきたわけですが、今、慎重な検討と協調的な行動が求められる新たな局面を迎えています。例えば、英国は1990年以降、44%の排出量削減と75%の経済成長を達成しています[3]。しかし、一般家庭、交通機関、産業界で日常的に使われている技術を根本から変えない限り、これ以上の改善の余地は見込めません。
これまでの改善は、抜本的な改革というより、効率化によって達成されたものがほとんどです。暖房、交通・輸送、発電、重工業などの分野では、今でも化石燃料が非常に広く使われています。現在の発電方法を変えずに自動車や暖房を電化すると、燃料当たりの発電量が増加する一方、電力網への負荷が大きくなる可能性があります。
発電のところから変えていかなければ、「汚い電力」でクリーンな技術を稼働することになりかねません。
建物に使用されるエネルギーは、世界の二酸化炭素排出量の27%を占めています。現在、米国の一般家庭から排出される温室効果ガスの半分以上は、電気ではなく、セントラルヒーティングや給湯に使用されるガスに起因しています。世界中のボイラーやラジエーターを地中熱ヒートポンプや空気熱ヒートポンプなどの電化システムに切り替えれば、省エネ効果は高まります。しかし、さらに重要な点は、家庭でのエネルギー消費をカーボンニュートラルにするには、これが唯一の方法だということです。
電気ボイラーはガスより効率的ですが、化石燃料を使用する火力発電所で電気を生産している限り「実質ゼロ」にはなりません。
明日に向けたエネルギー解決策
IEAのロードマップでは、低炭素電力の主要な供給源として風力、太陽光、原子力を挙げています。ノルウェーでは水力発電、アイスランドでは地熱発電が盛んですが、すべての国が水力発電に適した山々や、地中熱に恵まれているわけではありません。
風力発電や太陽光発電はすでに大きな電力源となっており、2021年にはEUのエネルギー全体の19%を占めています[4]。しかし、こうした再生可能エネルギーは、その性質上、間欠性の問題を孕んでいます。電力生産の速度が遅めながらも、比較的安定していてクリーンな発電方法に対応するには、蓄電が欠かせません。長期的な蓄電技術が実現するのはまだ先のことになりそうですが、据え置き型の家庭用蓄電池や電気自動車など、ローカルな蓄電池の普及はかなり進んでいます。
例えば、電力需要の低い、夜間の風の強い時間帯に風力タービンを回して低価格な再生可能エネルギーを大量に生産し、一般家庭や小規模な地域レベルで蓄電して、必要に応じて利用することは可能です。
電気自動車(EV車)は、1日の大半は駐車されているため、手軽なモバイルバッテリーとして活用できます。EV車を電力網に接続しても電力を生産することはできませんが、EV車のバッテリーで蓄電し、電力需要のピーク時に放電することで、発電設備を設置する必要性を減らすことができるのです。EV車は、車本体が廃車になっても、そのEV用バッテリーはほぼ元の容量を維持しているため、家庭用蓄電池としてリサイクルできます。
自動車は、旧式の電力網に負担をかける代わりに、現代のインフラ資産になり得るのです。英国のビジネス・エネルギー・産業戦略省の支援を受けて実施された実験では、電気自動車1台で100世帯の電力を1時間賄えることが判明しています[5]。また、柔軟な電力料金体系、電気自動車の導入、スマートグリッド管理を実施することで、ピーク時の電力需要を約4分の1削減できるという研究結果も発表されています[6]。
これに家庭用蓄電池を加えれば、さらなる電力需要の削減が可能です。
地域レベルで大規模な蓄電システムを設置すれば、より広範なソリューションを提供できます。こうした蓄電システムのほとんどは、FRV-Xが英国のHarmony Energy(ハーモニー・エナジー)と共同で実施した3つの産業用エネルギー貯蔵電池プロジェクトのように、リチウムイオン電池を並列に接続したものか、ソーラーポンプで水を汲み上げ、電力需要に応じて放流する「揚水発電」です。
断熱性のサイロに高温に熱した砂を数か月間にわたり貯蔵するサンド(砂)バッテリーや、余剰電力で水素ガスを生成する「パワーツーガス(power to gas)」[7]などの蓄電技術も、近い将来、エネルギー貯蔵技術のリストに加わるかもしれません[8]。
電力管理
北欧など日照時間が短い国でも、家庭用ソーラーパネルと蓄電池を設置した場合の償還期間(購入価格を賄うだけの発電量を得るまでの期間)は10~15年と言われています。ソーラーパネルの保証期間は25~30年ですから、十分に元は取れます[9]。スペイン、オーストラリア、中東、アフリカのように日差しの強い国であれば、償還期間はそれより遥かに短くなるでしょう。電力小売価格の高騰により、償還期間はさらに短縮されています。
平均的な大きさのソーラーパネルと家庭用蓄電池を備えた住宅は、電力網への負担を3分の1程度軽減できます。集合住宅や小規模なコミュニティでは、大型設備を導入することでコスト効率と効果をさらに高めることができます。
協力体制がカギ
地域別の電力源を活用し、電気代を抑えるというアイデアは、特に目新しいものではありません。1900年にはドイツのドレスデンやハンブルクで地域暖房システムが導入され[10]、巨大な石油焚きボイラーから断熱性の高いパイプを通じて、一般家庭や公共施設に個別のシステムよりも低価格で暖房が提供されていました。
最近の例を挙げると、Microsoft(マイクロソフト)とそのパートナーであるFortum(フォータム)は、2022年3月、ストックホルム近郊のデータセンターから除去した熱を、すでにゼロカーボン電力を利用している近隣の住宅や学校の暖房に利用すると発表しています[11]。
英国の建築サービスエンジニア協会の試算によると、暖房と給湯の14%は産業界の廃熱で賄うことができ[12]、発電量の大幅な削減が期待されています。
すでに、地域出資の太陽光発電や風力発電などの発電所は、カーボンニュートラルであることが認可の条件となっている開発案件を後押ししています。大規模な国家電力網の中で独立して稼働するマイクログリッド(小規模電力網)は、一般家庭への給電や、比較的大規模なグリッド管理を容易にしてくれます。
交通機関の電気化
EV車は、内燃機関を廃止し、カーボンニュートラルを達成する全体計画に不可欠な要素です。ノルウェーは、EV車の充電インフラの整備において世界をリードしており、わずか人口500万人強の国なのにも関わらず、4,600基の急速充電器が設置されています[13]。ノルウェーとほぼ同規模のスコットランドは700基未満であるのとは実に対照的です[14]。ノルウェーの新車の73%が完全なバッテリー駆動車であり[15]、電力網もほぼゼロカーボンであることから、ノルウェーは真の低炭素型交通手段を実現しています。
英国のGridServe(グリッドサーブ)などの充電サービス事業者は、現在の電力網ではEV車の電力需要を賄いきれないことを考慮し、EV充電ハブの計画に大規模な太陽光発電所(ソーラーファーム)の建設を組み込んでいます。このソーラーファームは年間約10GWhを発電し、大規模な蓄電システムに直接送電され、急速充電器への電力供給管理に使用されます。
職場での「実質ゼロ」の実現
破滅的な気候変動がもたらす大きな影響は、ビジネスパフォーマンスにおけるESG(環境・社会・ガバナンス)の重要度が高まるにつれ、深刻なビジネス問題として認識されるようになりました。新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大が招いたグローバルサプライチェーンへの影響は、すでにマイクロチップ/アンモニア肥料/ガソリン不足の要因となっており[16]、世界の他の地域の情勢に関わらずビジネスを継続できるという従来の前提を根底から覆しています。業種や規模を問わず、あらゆる企業が脱炭素化の実現に向けて重要な役割を担っていることを認識するようになりました。
店舗、オフィス、ホテル、流通などの商業利用は電力需要全体の20%を占めています。ここでも、一般家庭と同じ方法で排出量の削減を図ることができます。特に倉庫や駐車場などの商業ビルの屋上スペースは非常に広く、使用されていないことが多いため、太陽光発電に活用できる可能性があります。
EVの普及に伴い、商用充電ハブに対する必要性が高まり、電力網への負荷を調整するためのスマートソリューションが必要になるでしょう。ほとんどの場合、充電は電力需要のピーク時を避けた夜間に行われますが、太陽光が十分に得られない時には、地域別の蓄電施設に負荷を分散する必要があるでしょう。大型の風力・太陽光発電所や屋上の設備からトリクル充電を行い、従業員の不在時にバッテリーを再充電するのです。
このモデルなら、大幅なCO2削減だけでなく、ランニングコストの削減も実現できます。McKinsey(マッキンゼー)の試算によると、EV車は電力網のみを使用した場合でも、EV車の寿命全体を通じて15%〜25%の節約が可能だとされています[17]。自社で自家発電を行い、その電力でEV車を充電する場合は、さらに節約が期待できるでしょう。
高性能スマートグリッド
通信機能が搭載されているスマートメーターの場合、消費者は電気の使用状況を細かく把握することができますが、スマートメーターの可能性はそれだけに留まりません。スマート制料金プランの導入は、電力網の脱炭素化、消費者のコスト節約、再生可能エネルギー発電のピーク時の負荷平準化などを実現するカギとなります。
スマート制料金プランの家庭では、グリーン電力が豊富で低価格なときに、給湯タンク、蓄電池、電気自動車などに蓄電を行い、電力需要のピーク時に電力会社に売電することで、電力網のバランス維持に貢献できます。これにより、電力需要が急増しても、高価で環境にあまり良くないものの、即効性のあるガスタービンなどの発電機を稼働させる必要がなくなります。
通信機能で完全に接続されたメーターと充電器が導入されれば、地域全体の電力負荷を平準化することも可能です。必要なときに誰もが充電できるようにする一方、すべての家庭に一度に電力を供給するのではなく、順番に供給していくことで、夜間の電力網への負荷を大幅に軽減できます。この方法なら、個別に充電時刻を予約する従来の充電器が、オフピーク時に一斉に充電を開始することで発生する「タイマーピーク」の問題を解消できます。
自立した生活や節約の実現と、気候変動問題への貢献
最新のグリーンテクノロジーは大体において、初期費用は高くても、マイクロ発電と据え置き型の蓄電池の利用によりランニングコストが下がり、電力需要のピークを抑えられるという話が繰り返されています。
このまま気候変動が進行すれば、私たちの地球は悲惨な結末を迎えるでしょう。たとえ壊滅的な自然災害が予測されていなくても、静音かつクリーンで、低価格な再生可能エネルギーと電化交通で動く世界の方が遥かに望ましいことに変わりはありません。
経済的なメリットに加え、大規模な発電所で電気を生産する集中型発電の必要性が減り、公害が減少し、エネルギー安全保障が強化されます。エネルギーは、世界中の国々の基盤を支える大事な資源です。自家発電の能力が高まるほど、地政学的なリスクは軽減されます。
今からでも遅くはない
気候変動やパリ協定の2℃目標は、もはや遠い未来の脅威ではありません。世界の多くの地域で日常的に起きている現実であり、今後30年でさらに多くの被害や影響をもたらす恐れがあります。
不作、異常気象、洪水、干ばつ、強制移住、飢餓や物価上昇を招く食糧・水不足などが発生することはほぼ確実でしょう。
世界の気温上昇が2℃を超えた時の気候をモデル化しようとする科学者はほとんどいません。幸いなことに、まだそうしなければならない段階には至っていません。
しかし、私たちが今、断固とした行動を取らなければ、以下のUNFCCCの画像にあるような恐ろしいシナリオが現実化する可能性もあります。
2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするというロードマップは野心的ですが、政治的な意思と国際協調体制があれば十分に達成できると個人的には確信しています。暖房、産業工程、交通・輸送を電化し、電力網自体の脱炭素化を図ることは不可能ではないのです。
それを達成するのは、発電所の力だけではありません。家庭用太陽光発電、商業・家庭用蓄電池、企業の自家発電、地域暖房、廃熱回収、スマートグリッドによる電力平準化、ビークル・トゥ・グリッド(V2G)、スマートボイラー、効率的な電気料金プランのすべてが、2050年までに脱炭素化の未来を達成する上で非常に重要な役割を担っているのです。
未来はクリーンで環境に優しく、安全かつ経済的に実現可能でなければなりません。私たちが力を合わせて行動すれば、その実現は十分に可能です。
[1] https://www.iea.org/reports/net-zero-by-2050
[2] https://www.wri.org/insights/4-charts-explain-greenhouse-gas-emissions-countries-and-sectors
[3] https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/1033990/net-zero-strategy-beis.pdf
[4] https://ember-climate.org/insights/research/european-electricity-review-2022/
[5] The Sunday Times2022年8月21日
[6] https://www.nationalgrideso.com/news/domestic-flexibility-could-reduce-peak-electricity-demand-23-new-study-shows
[7] https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0360319919310195
[8] https://www.bbc.co.uk/news/science-environment-61996520
[9] https://www.nrk.no/norge/interessen-for-solenergi-oker-_-sa-lang-tid-tar-det-for-det-blir-lonnsomt-1.15660232
[10] https://www.sciencedirect.com/topics/earth-and-planetary-sciences/district-heating-plant
[11] https://www.fortum.com/media/2022/03/fortum-and-microsoft-announce-worlds-largest-collaboration-heat-homes-services-and-businesses-sustainable-waste-heat-new-data-centre-region
[12] https://www.cibsejournal.com/technical/wasted-opportunity-using-uk-waste-heat-in-district-heating/
[13] https://elbil.no/english/norwegian-ev-policy/
[14] https://www.gov.uk/government/statistics/electric-vehicle-charging-device-statistics-october-2021/electric-vehicle-charging-device-statistics-october-2021
[15] https://ofv.no/bilsalget/bilsalget-i-mai-2022
[16] https://www.imperial.ac.uk/stories/global-supply-chain-crisis/
[17] https://www.mckinsey.com/business-functions/sustainability/our-insights/charging-electric-vehicle-fleets-how-to-seize-the-emerging-opportunity