EU、廃水処理の道筋を立てる
気候変動と急速な都市化によって高まる水不足に世界が取り組む中、廃水の再利用をより高いレベルで促進することの重要性がますます高まっています。
かつては副産物として捉えられていた廃水ですが、特に水需要が高まり続けている都市部においては、水ストレスを緩和させ、よりサステナブルな循環型水管理アプローチに貢献できる貴重な資源として、今や膨大な可能性を持つようになっています。
より効果的かつ効率的に都市排水を管理することは、世界中のコミュニティと政府にとって、少なくとも(あるいは当然のこととして)優先事項になるべきです。しかし、これまでの実績は、決して励みになるものではありません。
国連環境計画は、世界中で排出される生活および産業排水の推定合計量のうち、現在再利用されているのはわずか11%程度に留まり、48%は未処理のまま環境に放出されていると推定しています[1]。EUでは、毎年少なくとも10億㎥の処理済み都市排水が再利用されていると推定されています。これは期待できる数値のようにも思えますが、再利用のポテンシャルはこの6倍に及びます[2]。つまり、EUの排水の80%以上は有効利用されずに廃棄または排出されていることになります。私たちにとって不可欠であり、正にサステナブルな未来への希望となる何十億ガロンもの水が、毎年排水口の中へと消えてなくなっているのです。
未処理の廃水を環境へ放出することは、淡水の水資源に対する多少の負担を取り除く機会を逃すだけでなく、環境および健康リスクももたらします。

こうした点を背景に、欧州連合(EU)の議員は2024年1月、EU加盟国全域の都市排水の収集・処理の改善を目指した新たな都市排水指令の改正案に合意しています。この指令は、廃水のサステナブルな管理における画期的な出来事です。同指令は、廃水が環境に放出する汚染度の削減、欧州グリーンディールの目標と指令の連携、廃水セクターにおけるエネルギー中立性の達成に向けた目標の設定、そして廃水管理に関する健全なガバナンスフレームワークの確率を目指しています。
現在EUの立法過程を経ている同指令は、2024年第3四半期に施行される見込みです[3]。

廃水/排水とは厳密に何を意味するのか?
廃水管理の強化を目指すEUの動きの背景には、もはや現状が支えられる事態になく、すでに望ましくない状況をリスクがさらに悪化させているという認識の高まりがあります。
しかし、廃水とは厳密に何を意味しているのでしょうか?また、なぜサステナビリティにとっての重要度が高いのでしょうか?
「廃水」という言葉は一般的に都市排水を指しており、これは下水または汚水として知られています。これは、都市部の住居、商業施設、および企業から排出された廃水になります。これは通常、混合型(雨水と廃水の組み合わせ)、または単独型(廃水のみ)の形で下水設備を通った後に廃水処理プラントに到達します。
都市排水には主に4つの種類があります。
- 生活排水は、家庭や住宅地から排出された廃水であり、流し台、シャワー、トイレ、洗濯機、およびその他の家庭活動による水を含みます。
- 商業・事業排水は、オフィスビル、学校、病院、レストラン、およびその他の商業・公共施設などから排出されたものです。
- 産業排水(軽工業から排出されたもの)もまた、都市排水として排出される場合があります。
- 雨水と都市流出水(道路、駐車場、およびその他の表面からの水)もまた、合流式下水道や排水溝を通じて都市排水へ排出されます。
排水管理を誤った場合のリスク
排水管理を誤った場合は、資源の非効率な使用につながるだけでなく、著しい健康・環境リスクが生じます。
多くの場合、都市排水には人糞、油分、タンパク質、食品の調理に伴う野菜および糖分、またせっけんなどの有機物質が含まれています。この一部は水に溶けますが、中には分離した粒子として水中に浮遊するものもあります(これを浮遊物質と呼びます)。
自然に発生する細菌は、この有機廃棄物を成長の糧として消費していきます。水中に豊富な酸素が含まれている自然界の水環境では、好気性細菌が有機物を食べ、新たな細菌細胞と溶融塩による「粘液」を形成します。
無希釈排水を放置すると、好気性細菌が有機物を分解し、硫化水素、メタン、二酸化炭素などのガスを放出します。最終的に、好気性細菌によって水中のすべての酸素が消費し尽くされると、水が腐敗します。こうした状況は、水中の酸素を頼りに生きる魚やその他の生命体にとって有害であり、「デッドゾーン(死の水域)」を発生させる場合があります。
排水内の細菌、ウイルス、病気を引き起こす病原体は、浜辺と貝類の個体群を汚染させます。通常、人間の排泄物に含まれるふん便性大腸菌は無害であるものの、中には人間の健康に悪影響を及ぼす病原体も存在します。これには、腸チフスのような細菌やB型肝炎などのウイルスが含まれます。こうした病原体との直接的接触または水道の汚染が感染症を引き起こします。
排水の発生源によっては、ナトリウム、銅、鉛、亜鉛などのミネラル、鉄、そして合成物を含む無機物が水中に含まれている場合も多くあります。これらは、水中の有機物によって簡単に分解することができません。
一部の排水には、リンや窒素などの栄養素が含まれている場合もあります。これらの量が過剰になると、水中の栄養濃度が高くなり過ぎて富栄養化を引き起こします。富栄養化になると、植物と藻類の増殖量が増えて低酸素になり、生息環境が変化して特定の海洋生物種の存続が危ぶまれる恐れがあります。
効果的な排水管理を確保する
こうしたリスクを踏まえると、都市排水の効果的な管理こそサステナブルな都市排水管理の重要な一側面であることがよく分かります。
排水を処理・再利用することで、淡水に対する全体的な需要を削減し、貴重な水源を飲用および家庭用などの必須の用途のために保全できます。こうして、コミュニティは水の安全を高め、水不足を緩和させることができます。
これは、水ストレスを感じている地域で特に重要です。こうした地域では、処理済み廃水が農業用かんがい、産業プロセス、さらには帯水層の補充といった活動に利用できる、確実な代替水源として役立ちます。

効果的な排水管理は未処理の廃水を水域に排出することを防ぎ、淡水資源を汚染から保護して保全できます。これによって、人による消費や農業用に使用する淡水資源の質と供給を守ると共に、水界生態系や公衆衛生に対する影響を最小限に抑えることができます。
同時に、高度な廃水処理プロセスは農業用の栄養素(リンや窒素)やエネルギー生産用のバイオガスといった貴重な資源を排水から回収できます。こうした資源回収は、サステナブルな水管理にさらに貢献し、淡水資源に対する需要を減らすことができます。
こうしたポジティブかつ積極的な排水管理は、責任ある水の使用、天然の水源に対する負荷の削減、長期的な環境サステナビリティの支援を通じて、サステナブルな開発の原則と合致します。水不足の問題は、地球が直面している数多くの課題とも表裏一体の関係にあります。国際連合(UN)が掲げる17の持続可能な開発目標(SDGs)には、安全な水とトイレを世界中に(目標6)、気候変動に具体的な対策を(目標13)、クリーンなエネルギーを皆に(目標7)、そして飢餓をゼロに(目標2)が含まれています。

EUの新指令の意味合い
EUの新指令は、すべての加盟国にわたって効果的で、一貫した廃水処理の枠組みを構築する積極的な手段として広く受け取られています。
この指令は、厳密にはEUが1991年に発した既存の排水処理指令の改正版になります。欧州委員会によれば、新指令の改正案は「都市排水の有害な放出に対する人間の健康と環境の保護を著しく高め、欧州全域でよりクリーンな河川、湖、地下水、および水域を実現できるようにする」と言われています[4]。
とりわけ、より多くの栄養素が排水から除去されるほか、特に有害な医薬品や化粧人からの微量汚染物質の削減に向けた新たな基準が適用されます。マイクロプラスチック、そして「永遠の化学物質」と呼ばれる有機フッ素化合物(PFAS)の体系的監視を導入することで、こうした化学物質が排水を通じてどのように拡散されているのか理解を高めることができます。
新指令は、人口当量(PE)が1,000以上のすべての都市部の「密集域」に対して、2035年までの排水二次処理(易分解性有機物の除去)を義務付けています。さらに、大規模処理プラントで2039年と2045年までにそれぞれ実施される三次処理(窒素とリンの除去)と四次処理(幅広い微量汚染物質の除去)に関する閾値と期限を調和させ、三次処理向け中間目標を2033年と2036年、また四次処理向け中間目標を2033年と2039年に設定しています。
最も注目に値する変更点は、拡大生産者責任を通じた「汚染者負担原則」の実施です。これによって、製薬や化粧品などの最も汚染度の高い産業のほとんどが、四次処理コストの少なくとも80%を支払う義務が生じます。
さらに、新指令が導入するエネルギーニュートラル目標は、廃水処理施設が2045年までに再生可能エネルギー源から電力を得ることを義務付けています。またEU諸国は、水不足の問題を克服するため、水ストレスの高い地域では処理済み排水の再利用を広範にわたって推進することが義務付けられます。
ヴィルギニユス・シンケビチュウス欧州委員(環境・海事・漁業担当)は、新指令が「すべての欧州市民にとってクリーンな水だけでなく、公衆衛生へのアクセス向上、汚染者負担原則の実施、そしてエネルギー自立を確保する。こうした変更によって、セクターに対する完全な革命的変化がもたらされ、今後何十年にもわたってレジリエンスを構築できるようになる」と述べています。
導入に向けた課題
新指令は、特にEU全域の小規模な市町村など、主に小規模な都市部にまで範囲を広げることで、廃水管理に著しい影響を及ぼすことが予想されています。
人口当量(PE)が1,000以上のすべての都市部は、2035年までに少なくとも二次処理を実施することが義務付けられています。これは、人口当量が2,000以上の地域に対してのみ二次処理の実施を義務付けていた、前回の指令からの大きな変更点です。三次処理が義務となるのは最初は大規模プラントのみとなる一方で、人口当量が1万から15万の小規模プラントでも、2045年までには独自のリスク評価に基づき三次処理を実施しなくてはならない可能性があります[5]。これに対応できるよう、この人口当量の範囲に収まる小規模市町村の多くでは、インフラの大幅なアップグレードと高度な処理技術への投資が必要となるかもしれません。
人口当量が1万から10万の都市部でも、その合流式下水道または下水に「問題あり」というリスク評価が示された場合は、統合型排水管理計画を考案する必要があります[6]。つまり、下水集水域全域の分析、目標の設定、合同式下水道による汚染の削減に向けた措置の実施を意味しており、リソースの限られた小規模自治体にとっては困難な可能性があります。
さらに、マイクロプラスチック、PFAS、病原体、薬剤耐性に関する広範な監視および報告要件は、監視、データ収集、および報告機能の改善を必要とする可能性があり、予算や技術的ノウハウが限られた小規模な都心部にとっては負担となる恐れがあります。
この問題に対する他国の取り組み
EU指令の完全な影響は現時点では不明であるものの、その他の複数の国と地域は小規模ながらも都市排水管理に対処した政策および規制を実施しています。
シンガポール
シンガポールは、NEWaterの施設を通じたイニシアチブによって、都市排水の再利用に関するグローバルリーダーとなっています[7]。2003年に稼働開始したNEWaterは、高度な膜処理技術と紫外線消毒で使用済みの水を処理し、高純度の再生水を製造しています。この再生水は、主に工業用途や貯水池の補充に使用されており、シンガポール全体の水需要の約40%に貢献しています。この取り組みは、シンガポールの輸入水への依存度を大幅に減らし、水の安全を高めています。

米国、ロサンゼルス
ロサンゼルスは、同市のHyperion Water Reclamation Plant(ヒュペリオン再生水プラント)を通じて排水の再利用に関する大幅な進歩を遂げています[8]。同プラントは高水準な排水処理を行っており、かんがい、工業プロセス、地下水の補充に使用される再生水を製造しています。同市は2035年までに排水を100%再利用することで、輸入水への依存度の削減、そして干ばつに対するレジリエンスの向上を目指しています。
ナミビア、ウィンドフック
ウィンドフックは、処理済み排水が飲用水基準にまで浄化され、都市水道に直接供給される、直接飲用再利用(DPR)のパイオニア的存在です[9]。この慣行は1968年以来実施されているため、ウィントフックはDPRを世界で初めて導入した都市の1つということになります。同市のアプローチは、乾燥地における水不足に対処し、住民のために確実な水道を確保する上で極めて重要な役目を果たしてきました。
中国、北京
北京は、同市で深刻な水不足に対処するため、複数の排水再利用プロジェクトを実施してきました[10]。処理済み排水は、工業用冷却水、造園用かんがい、湖の水位維持を含む、さまざまな非飲用用途に使用されています。例えば、太原市の排水処理プラントは工業用および造園用に1日あたり2万㎥の水を毎日再生しています。こうした取り組みを通じて、北京はよりサステナブルな形で水資源を管理できるようになりました。
希望の川
EUの新しい都市排水処理指令は、水保全を奨励するだけでなく、廃水処理技術およびインフラにおけるイノベーションを育み、よりサステナブルかつレジリエンスの高い水管理アプローチの道を開くことができます。
しかし、水資源のより効率的な使用をめぐる規制・政策フレームワークの定義は政府の判断に委ねられる一方、民間部門もまた、こうした方針を実践する上では少なくとも部分的な責任を負っています。
Almar Water Solutions(アルマー・ウォーター・ソリューションズ)が、Jameel Environmental Services(ジャミール環境サービス部門)の一角として、欧州、中東、中南米、アフリカ、およびアジア太平洋全域にまたがるサステナブルな水インフラ事業を通じて、世界中の主要市場で水供給を一変させるべく取り組んでいることは、私たちの大いなる誇りです。
その主要プロジェクトの1つとしてサウジアラビアの紅海沿岸に建設された、処理水能力が1日45万m3のShuqaiq 3は、世界有数の規模の逆浸透海水淡水化プラントです。サッカー場34面相当の面積を有するShuqaiq施設は、25年間にわたって180万人に確実な飲用水の提供を保証し、700の雇用を創出しています[11]。
2024年4月、Almar Water Solutionsはサウジアラビアで新プロジェクトとなるZuluf水処理プラントに着工しました。Zulufの施設は、1日あたり185,000m3という膨大な処理水能力を誇り、サウジアラビアにおけるサステナブルな水ソリューションに大きく貢献する見込みです。

またAlmarは、バーレーンのムハラクにおいて、1日あたり処理水能力10万m3という最先端の排水処理プラントおよび下水輸送システムを運営しています[12]。
欧州では、スペインのテック企業Datakorum(データコラム)と協働し、水に関するスマートデータを通じた効率性の向上と重要な天然資源の保全に取り組んでいます。一方、730万人が安全な飲料水にアクセスできず、840万人が公衆衛生の問題を抱えるエジプトでも、HA Utilities(ハッサン・アーラム・ユーティリティーズ)と事業提携を結び、エジプト国内の下水処理プロジェクトの開発に取り組んでいます。また、それに伴い、エジプトの大手海水淡水化事業会社Ridgewood Group(リッジウッド・グループ)の買収を行いました。Ridgewoodは、国内58ヶ所で海水淡水化プラントを運営しています。1日あたり82,440㎥の造水性能を有し、国民に清潔で安全な飲料水を毎日供給しています。
都市排水の再利用を改善するにあたって、課題がないわけではありません。国民の意識、潜在的な健康リスク、そして堅牢な監視・規制フレームワークの必要性をめぐる懸念にも対処する必要があります。インフラ、処理能力向上、および普及啓発活動に対する十分な投資は、廃水処理の再利用慣行を安全かつ効果的に実施する上で極めて重要です。それでも、排水管理は水の安全とサステナブルな水利用の実現に向けた重大な一歩となります。

国際事業担当副会長
Abdul Latif Jameel
こう話すのは、Abdul Latif Jameel(アブドゥル・ラティフ・ジャミール)社長代理兼副会長ファディ・ジャミールです。同氏は次のように続けています。「EUの新指令は、排水が持つ巨大なポテンシャルを廃棄物としてではなく、資源として認識することで、他の地域にとって模範となる先例を作ることができました。高まり続ける水不足の課題に世界が直面する中、今こそ行動が求められています。そして、都市排水の再利用は、水の安全が確保された未来を目指す、最前線の取り組みでなくてはいけません。」
[1] UNEP 2023, “Wastewater: Turning problem to solution”.
[2] https://environment.ec.europa.eu/topics/water/water-reuse_en
[3] https://www.insideeulifesciences.com/2024/04/10/new-eu-wastewater-treatment-fees-on-producers-of-pharmaceutical-and-cosmetic-products/
[4] https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_24_504
[5] https://environment.ec.europa.eu/topics/water/urban-wastewater_en
[6] https://microtronics.com/en/blog-en/implementation-of-the-eu-urban-waste-water-treatment-directive/
[7] https://www.pub.gov.sg/Public/WaterLoop/OurWaterStory/NEWater
[8] http://publichealth.lacounty.gov/eh/focus/hyperion-water-reclamation-plant.htm
[9] https://www.aquatechtrade.com/news/water-reuse/namibia-second-direct-potable-reuse-project
[10] https://www.iges.or.jp/en/publication_documents/pub/peer/en/1180/IRES_vol.5-2_425.pdf
[11] https://www.almarwater.com/2019/05/09/almar-water-solutions-to-acquire-mubadala-infrastructure-partners-investment-in-muharraq-sewage-treatment-plant-in-bahrain/
[12] https://www.almarwater.com/2019/05/09/almar-water-solutions-to-acquire-mubadala-infrastructure-partners-investment-in-muharraq-sewage-treatment-plant-in-bahrain/
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