COP26:成果に温度差?
「まだ達成可能だが、気候変動の壊滅的な影響を避けるには緊急の対策が急務」
上記は、英国グラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)の閉幕を受け、今後数十年で地球温暖化を摂氏1.5度以下に抑える見通しについて述べられたコメントです。
COP26の成果については「完全な失敗」から「現実的な成果を上げることができた」まで、解説者によって意見が分かれています。人類にとってかけがえのない地球の未来に関わる国際政治の場であったことを考えれば、意見が二極化するのも無理のないことかもしれません。
ただ、今後一層の努力が必要であることは事実としても、COP26ではすべての人に持続可能な未来を目指す上で、過去に前例のない進展が見られたことは間違いないでしょう。
2015年に採択されたパリ協定(気候変動に関する国際条約)とは比較にならないくらい国際的な取り組みが急ピッチで進んでいます。パリ協定は、気温上昇を摂氏1.5度以下に抑える合意が得られたものの、各国の誓約が不十分で法的拘束力が不足していたため実効性に欠けていました。
この6年間、気候変動対策にあまり進展がなかったことから、1.5度目標の達成がより難しくなったとの批判を受け、COP26では、世界の平均気温の上昇を抑えるための具体的な政策が次々に打ち出されています。
こうした危機感は、さほど驚くべきことではないかもしれません。
2021年を取り巻く状況は、2015年に比べて緩やかながらに大きく変化しています。子どもや若者、貧困層などの声を代弁する環境活動家が現れたからです。
また、富裕国も次々に異常気象に見舞われたことで、気候変動に関する議論が机上の空論ではなく、現実問題として扱われるようになりました。こうした背景の中で開幕したCOP26は、世界中の大きな注目と 期待を集めました。
COP26は、世界中の多様な国々が協調姿勢を打ち出し、気候変動に対する積極的な行動を宣言した点がこれまでと異なります。
グラスゴーで次々に大きな決定が発表され、新聞の見出しを飾ったことで、環境問題の緊急性が一層浮き彫りになりました。
COP26の主なハイライト
石炭 – 二酸化炭素排出量の合計の40%を占めることから、とりわけ白熱した交渉が行われました。[1]新興国にとって幸いなことに、COP26の参加国は有害性の高い化石燃料への依存を世界的に低減する旨のコミットメントを表明しました。
中国が最近、海外の石炭事業への投資中止を宣言したのに続き、ヨーロッパと北米の多くの国が、今後12か月以内に国外の化石燃料事業への公的融資を停止することで合意しました。
会期後半になって、協定文書の石炭火力発電を段階的に「廃止する」という文言が「削減する」に置き換えられたものの、ホスト国の英ボリス・ジョンソン首相は、協定は依然として石炭の終焉を象徴するものだと強調しています。[2]
しかし、石炭だけが地球温暖化の原因ではないのと同様、石炭を削減するだけで気候変動問題を解決することはできません。
メタンは、温室効果ガスとして二酸化炭素より80倍有毒性が高く、石炭と並んで気候変動の大きな原因となっています。実際、国連は、今後10年間で地球温暖化を抑制するにはメタンの放出量を削減することが最も早く、今世紀半ばまでに0.2℃を相殺できると指摘しています。[3]
カナダ、ブラジル、ナイジェリアなどのメタン排出量の上位国を含む100か国以上がグローバル・メタン誓約[4]に調印し、今後10年でメタン排出量を30%以上削減することを誓いました。
今後は、大気中の二酸化炭素を吸収する働きを持つ森林保護の取り組みも強化される予定です。
森林破壊 – アマゾン熱帯雨林のあるブラジルをはじめ、総計で世界の森林の85%を占める100か国以上の首脳が、2030年までに森林破壊をなくし、森林の再生に努める共同声明を発表しました。[5]
この取り組みには192億米ドルの公的資金と民間資金の投資が盛り込まれており、山火事、先住民コミュニティへの支援、劣化した土地の回復などの用途に使用されます。
世界最大の汚染国であり、地政学的なライバルとして対立の姿勢を深めてきた米国と中国が、今後10年間の平均気温の上昇を1.5度以内に抑えるため、両国が協調して対策を強化する旨の共同声明を発表して驚きを呼びました。[6]
ジョー・バイデン大統領と習近平主席は、メタン排出削減、脱炭素化、クリーンエネルギーへの移行に協力して取り組むことを合意しています。
アントニオ・グテーレス国連事務総長は、この米中の意外な協調政策を「正しい方向への大きな一歩」[7]と評価しました。
COP26のもうひとつの大きなブレークスルーは、気候変動の影響を緩和するため、新興国のグリーンエネルギーへの移行を支援する体制が整ったことです。ここは、以前は意見が分かれるところでした。先進国はこれまで何十年も自国の発展のために化石燃料を使い続けてきたにも関わらず、先進国の標準に合わせて新興国に化石燃料の削減を求める偽善的な要求を繰り返してきたからです。
2025年以降に予定されている1兆米ドル規模の気候対策支援金は、ある程度の不平等を是正するのに役立つでしょう。[8]支援金の主な点は以下の通りです。
- 米国は、気候変動対策の金融支援を2024年までに年間114億米ドルに増額
- 日本は、アジア地域の二酸化炭素排出量の削減に向け、今後5年間で100億米ドルを拠出
- 英国は、今後4年間で気候変動支援金を116億米ドルに倍増
- カナダも今後4年間で気候変動支援金を53億米ドルに倍増
新興国はこの支援金をもとに、海岸堤防の建設、干ばつに強い農業システムの開発、水力/風力/太陽光発電などの再生可能エネルギーへの投資などを実施します。
また、今回の会議では、世界で石炭消費量が最も多い国のひとつである南アフリカ共和国に対し、再生可能エネルギーの促進と化石燃料の削減を目的とする85億米ドルの国際助成金が発表されました。[9]気候変動を放っておけば、後で膨大なコストを支払うことになるため、今のうちに少しでも積極投資を行うことは財政的な理に叶っています。
民間セクターでは、2050年のネットゼロ実現に向けて、500社近くに上る銀行、保険会社、年金基金が合計130兆米ドル(世界全体の約40%)の投資可能資産をクリーンテクノロジーと再生可能エネルギーに集中投資することで合意しました。[10]
また、インドと英国が世界の様々な地域を結ぶソーラーグリッドの構築を目指す共同プロジェクトを立ち上げるなど、COP26では異文化間イノベーションの有効性も実証されました。[11]このプロジェクトはグリーングリッド・イニシアチブと呼ばれ、日中で太陽発電が可能な国から夜間の国に送電を行い、世界中でグリーンエネルギーを24時間供給できるようになる可能性を秘めています。
このように気候変動対策に関する協定が次々に締結され、従来の常識を覆す画期的なアイデアが出たにも関わらず、COP26の成果について意見が分かれるのはなぜでしょう? 気候変動問題の規模が大きすぎて、グラスゴーで合意された最も野心的な対策でも歯が立たないということなのでしょうか?
「反撃」はまだ始まったばかり
COP26が多くの人の不満を呼んだ理由は、地球温暖化による平均気温の上昇を1.5度以下に抑えるための各国の十分な貢献(Nationally Determined Contribution/国が決める貢献)を達成できなかったことにあります。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が最近の報告書の中で、平均気温の上昇が1.5度を超えると海氷の融解の加速、複数種の野生生物の絶滅、小島や沿岸地域の浸水、干ばつ、洪水、熱波、暴風雨などの異常気象の頻発などの不可逆的な影響をもたらすと強調したにも関わらず、各国から十分なコミットメントを得ることができませんでした。[12]
特に、気候変動の影響が地域によって差があるためにこの点は各国が感情的になりやすいところがあります。会議では、地球の平均気温が1.5度上昇すると、アフリカの一部の地域では3度の上昇につながるとの見解が示されました。[13]
主要国の参加を得られなかった協定もありました。例えば、2030年までにメタン排出量を30%削減する協定は、メタン排出量の多い中国、ロシア、インドの参加を得ることができないままに終わりました。[14]
世界的な化石燃料の削減が進む中、中国は会議開催中の11月に1日あたり1,200万トンもの石炭を採掘していました。[15]
地球温暖化による世界の平均気温の上昇を1.5度に抑えるには、世界全体で温室効果ガス排出量の大幅な削減が必要です。COP26で発表された誓約が「グリーンウォッシュ」されずにすべて遵守されたとしても、改訂後の予想値は今世紀中に平均気温の上昇が最大2.4度に到達する見通しを示しており、気候変動の深刻な影響を回避できる1.5度の境界を遥かに上回ることが予測されています。[16]
政治家も科学者も、2.4度では持続可能な未来はないことを熟知しています。そのため、COP26の功績は、会期中に合意に達した気候変動対策よりも、未来に向けて足がかりを作ったことにあるのではないでしょうか? COP26で採択されたグラスゴー気候合意(Glasgow Climate Pact)に調印した197か国は、来年エジプトで開催されるCOP27で排出削減目標を見直し、1.5度目標を再び目指すことで合意しています。
つまり、COP26は最終地点ではなく、未来に向けた重要な足がかりとして捉えた方がいいでしょう。
では、失敗から成功へと歩を進めるには何が必要なのでしょう? ここで重要な役割を果たすのが民間セクターです。
1.5度目標に向けた民間セクターの貢献
金融機関がネットゼロ目標の推進のために数兆米ドルもの投資を確約したことは間違いなく前向きな一歩ですが、民間セクターの役割は単なる資金調達に留まらず、イノベーション開発や最新技術の実証実験まで及びます。
Abdul Latif Jameel(アブドゥル・ラティフ・ジャミール)のような民間企業は、公的資金と民間資金の両方を上手に活用し、気候変動対策やグリーンリカバリーの推進を加速する役割を担っています。また、ファディ・ジャミールが会員であるClean, Renewable and Environmental Opportunities Syndicate(CREOシンジケート)のような組織も、ESG市場における意識改革や民間投資機会の増加に貢献しています。
CREOは、ホワイトペーパーの中で「機関投資家や資産家の間で化石燃料に対する意識が変わり、気候変動のリスクに関する政治的な議論が進んだことも相まってESG投資への一般的な関心が高まりつつある」と述べています。
Abdul Latif Jameelは、環境イノベーションや気候変動活動を第一線で牽引してきた企業のひとつです。ジャミール・ファミリーの国連の持続可能な開発目標に向けた一連の事業活動や社会貢献活動については、Abdul Latif Jameel Perspectivesの記事で詳しくご覧いただけます。
特にSDGs目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」は、Abdul Latif Jameelの企業目標のひとつであり、野心的なコミットメントを掲げて日々取り組んでいる分野です。
再生可能エネルギー事業部門であるFotowatio Renewable Ventures(FRV)を通じて、中東、オーストラリア、ヨーロッパ、ラテンアメリカの全域でクリーンエネルギー事業を展開しています。
ただ、現在の再生可能エネルギーの供給量にはまだ限りがあります。再生可能エネルギーによる持続可能な社会を実現するためには、昼夜を問わず電力を供給する必要があります。ここで、太陽が出ていないときや、風が吹いていないときでも電力供給を可能にする蓄電システムが効力を発揮するのです。
FRVは、蓄電システムなどの高度なエネルギー技術の開発に特化した専門チーム「FRV-X」を有しており、事業を展開する地域にグリーンエネルギーを24時間供給するための画期的な蓄電プロジェクトに取り組んでいます。英国ドーセット州のホールズベイとサセックス州のコンテゴの蓄電システムは既に稼働しており、現在はエセックス州のクレイ・タイで英国最大のバッテリーエネルギー貯蔵システム(BESS)の建設が進んでいます。
「気候変動対策の中核となる未来のエネルギーのビジョンを推進し、当社が事業を展開している地域社会に世界一流のスキルや専門知識、ベストプラクティスを提供できることを誇りに思います」とFRVのダニエル・サジ・ベラCEOは語ります。
この他にも、総合的な観点で気候変動による影響を緩和するための研究投資などが進められています。
Almar Water Solutions(アルマー・ウォーター・ソリューションズ)は、総合的な水循環システムの開発に取り組み、海水淡水化プラントや下水処理プラントなどの画期的な技術を活用して飲料水や工業用水を生産しています。
Community Jameel(コミュニティ・ジャミール)が2014年にMITと共同で設立したJ-WAFS(Jameel Water and Food Systems Lab/アブドゥル・ラティフ・ジャミール 水・食料システム研究所)では、世界人口の急速な拡大に備えて、生態系への影響を最小限に抑えつつ、安全で安定した重要資源の供給を実現するための画期的な技術開発が行われています。 また、Community JameelとMITは、Abdul Latif Jameel Poverty Action Lab(J-PAL/貧困アクション・ラボ)を共同設立し、気候変動などの国際的な問題の影響を受けやすい国が科学に基づいた政策を実施するための支援を行いながら、世界の貧困の緩和に取り組んでいます。
さらに、英国グラスゴーで開催されたCOP26で、Community Jameelはパートナー企業と様々な会議に出席し、気候変動による食料安全保障や健康への影響などの主要トピックについて議論を交わしました。
Jameel Observatory for Food Security Early Action(ジャミール・オブザーバトリー・フォー・フードセキュリティ・アーリーアクション)と、2021年のターナー賞最終候補Cooking Sections(クッキング・セクションズ)のプロジェクトであるCLIMAVOREは、グラスゴーのゴールズ・ハウスで、気候変動が新興コミュニティの食糧安全保障に及ぼす影響と、食料システムが気候に及ぼす影響をテーマにした会議を主催しました。この会議では、Kenya Agricultural and Livestock Research Organisation(ケニア農業・畜産研究機構/KALTRO)の研究官で土壌学者のエリザベス・アドビ・オクウサ氏、CGIAR(国際農業研究協議グループ)のグローバル・エンゲージメント&イノベーション担当マネージング・ディレクターのクンダヴィ・カディレサン氏、Save the Children(セーブ・ザ・チルドレン)のグウェン・ハインズCEO、エジンバラ大学/International Livestock Research Institute(国際家畜研究所/ILRI)のアラン・ダンカン教授、スコットランド政府首席科学顧問で大英帝国勲章受章者のジュリー・フィッツパトリック教授、Cooking Sectionsのアーロン・シュワブ氏とダニエル・フェルナンデス・パスクアル氏、Community Jameelディレクターのジョージ・リチャーズが登壇し、講演を行いました。
サウジアラビア館では、Community JameelとAEON Collective(イオン・コレクティブ)の共催で、湾岸地域における気候変動が健康に与える影響に関する調査の中間結果を発表するパネルディスカッションが行われました。ファディ・ジャミールのコメントとアルシャラン王女の司会で進行したパネルディスカッションには、MITエルタヒア研究グループ長のエルファティフ・エルタヒア教授、J-PALのクレア・ウォルシュ氏、MIT J-WAFSのグレッグ・シクスト氏、サウジアラビア・アブドラ王立科学技術大学(KAUST)のアナ・マルガリダ・コスタ氏、プリンセス・ヌーラ大学国立女性オブザーバトリーのディレクターを務めるマイムーナ・アル・カリル氏がパネリストとして参加しました。
COP26が示した未来への道筋
気候変動の危機は単なる生活様式だけでなく、人類の生存を脅かす可能性があり、居住地や所得水準に関わらず、私たち人類全員に関わる問題です。
専門家は、COP26が掲げた「世界の平均気温の上昇を産業革命前に比べて1.5度以下に抑える」目標を維持するためには、今後10年間で温室効果ガス排出量を約半分に削減する必要があるという見解で一致しています。[17]幸いなことに、最近は、気候変動対策に対する機運が高まり、経済面でも追い風が吹いています。最近の報告書では、多くの国で再生可能エネルギーが化石燃料よりも低コスト化していることが明らかになっています。[18]
「グラスゴーでのCOP26の成果については、すべての科学者や環境活動家が満足しているわけではありませんが、そもそもの期待が現実的ではなかったとも言えるでしょう。多少の後退はあったとしても、多くの人が予想する以上の成果があったことは否定できないと思います。今後、環境へのコミットメントの強化を図る上で、良い足がかりになったのではないでしょうか」とAbdul Latif Jameel社長代理兼副会長のファディ・ジャミールは語ります。
「世界各国の誓約と民間資本の力を合わせれば、気候変動がもたらす最悪の事態を回避するための『1.5度目標』に近づくことができます。COP26はその足がかりを作りました。最終目標に到達できるかどうかは、私たち一人ひとりに委ねられています」
[1] https://www.bbc.co.uk/news/science-environment-56901261
[2] https://www.bbc.co.uk/news/uk-59284505
[3] https://www.independent.co.uk/climate-change/news/cop26-glasgow-pact-alok-sharma-b1956560.html
[4] https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/statement_21_5766
[5] https://www.bbc.co.uk/news/science-environment-59088498
[6] https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-11-10/draft-urges-nations-to-tighten-2030-climate-goals-cop26-update
[7] https://unric.org/en/un-secretary-general-encouraging-signs-in-glasgow-but-not-enough-2/
[8] https://www.bbc.co.uk/news/57975275
[9] https://www.pv-magazine.com/2021/11/02/south-africa-gets-8-5-billion-to-phase-out-coal-boost-renewables/
[10] https://www.bbc.co.uk/news/business-59143027
[11] https://www.independent.co.uk/news/india-scotland-glasgow-france-paris-b1948542.html
[12] https://www.ipcc.ch/report/sixth-assessment-report-working-group-i/
[13] https://www.theguardian.com/environment/2021/nov/15/ratchets-phase-downs-and-a-fragile-agreement-how-cop26-played-out
[14] https://www.bbc.co.uk/news/science-environment-56901261
[15] http://www.news.cn/english/2021-11/11/c_1310305399.htm
[16] https://www.weforum.org/agenda/2021/11/cop26-everything-to-know-about-the-climate-change-summit-on-10-november/
[17] https://www.theguardian.com/environment/2021/nov/09/cop26-sets-course-for-disastrous-heating-of-more-than-24c-says-key-report
[18] https://www.theguardian.com/environment/2021/jun/23/most-new-wind-solar-projects-cheaper-than-coal-report