クリーンエネルギーへの移行は着実に進みつつあります。太陽光と風力という無限の天然資源を味方に付け、世界の再生可能エネルギー容量は2022年末までに3,372GWに達しました。2022年の新規(追加)設備の容量における再生可能エネルギーの割合は、実に83%を記録しています[1]。しかし、こうした飛躍的な数字の裏には、依然として根強い問題が見え隠れしています。それは、一旦発電したクリーンエネルギーをいかに貯蔵し、分配・配電するかということです。

現代社会は、住宅の暖房をはじめ、工場やテクノロジーの稼働のために24時間365日電力を使用しています。しかし、大気中の気流を勝手に動かすことができないように、太陽光も風力も人間の思い通りに動かすことはできません。太陽が出なかったり、凪の日に風力タービンが止まったままだったら、どうすれば良いのでしょう?

その最良かつ唯一の解決策は、グリーンエネルギーを貯蔵する方法を見つけることです。現代において、それはエネルギー貯蔵システムを意味します。

十分な蓄電池技術が開発されない限り、現代社会は完全に化石燃料から解放されることはなく、電力供給不足やピーク時の電力需要の急増に追われて石油・石炭などのピーク電源に頼り続けることになるでしょう。エネルギー貯蔵システムは、グリーンエネルギーの供給と、不規則で多様な電力需要のジレンマを解消する上で重要な鍵を握っています。人類をネットゼロ社会へと導き、気候変動がもたらす最悪の影響を避けるための架け橋になるかもしれないのです。

エネルギー貯蔵システムが発達すれば、私たちが長年悩まされてきた電気料金も大きく変わる可能性があります。英国だけでも、低炭素電力と暖房・輸送システムを縦横無尽に接続する高度な蓄電ネットワークがあれば、2050年までに最大400億ポンドの節約になる可能性があると言われています。これは環境活動家だけでなく、家計のやりくりに頭を悩ませている一般家庭にとっても喜ばしいニュースです[2]

リチウムでよりクリーンな未来へ

今のところ、大量のグリーンエネルギーを貯蔵するための蓄電池技術の主流はリチウムイオン電池です。小型(携帯電話)/中型(自動車)/超大型(電力網)デバイスへの給電に関しては、リチウムイオン蓄電池ユニットが主流と考えられています。

しかし、エネルギー部門のカーボンフットプリントの削減に向けて最も大きな期待が寄せられているのは、グリッド規模のリチウムイオン蓄電池システムです。エネルギー部門は現在、世界の二酸化炭素排出量の40%以上を占めています[3]

CO2 emissions by sector

経済的で耐久性の高いリチウムイオン電池は、数千回近く繰り返し充電でき、ほぼすべての生産規模に対応できるだけでなく、どのシナリオに対しても比較的安全で低コストのソリューションを提供できます。こうしたリチウムイオン電池の優位性は、市場シェアを見れば明らかです。現在、リチウムイオン電池はグリッド規模のエネルギー貯蔵システムの95%を占めています[4]

基本的なリチウムイオン技術は半世紀前に開発されたものですが、現代ではアルゴリズムソフトウェアを駆使してエネルギーの貯蔵と電力網への供給のバランスを最適化しています。

技術的に言うと、リチウムイオン技術とは、電極間でリチウムイオンを移動させることで電力を充放電する仕組みです。一般的に、充電用のカソード(正極)にはリチウム金属酸化物、放電用のアノード(負極)には炭素材料が使用されます。

正確な設計や化学組成はモデルにより異なるものの、リチウムイオンは他のエネルギー貯蔵システムに比べてエネルギー密度と費用対効果の点で優れていることが広く認められています。蓄電容量は、数分の充電で事足りる数キロワット単位から、電力会社の変電所に適した数メガワット単位まで多岐にわたります。

しかし、リチウムイオンは決して万能ではありません。放電速度や、時には気象条件すら効率レベルを左右します。もちろん、最終的に劣化は避けられません。また、リチウムイオンは部品点数が多いため、ハイブリッド亜鉛蓄電池に比べてより厳格なバッテリー管理システムが必要です。

それでもリチウムイオン技術に対する信頼は相変わらず高く、投資のポテンシャルも極めて大きいものになっています。需要が伸びていることから、産業界のグリーンエネルギー貯蔵ソリューションに対する需要を満たすには、10年後までに120〜150基のバッテリー製造工場を建設する必要があると見込まれています[5]。昨年のある調査では、リチウムイオン電池のサプライチェーン(鉱物の採掘からリサイクルまでの全工程)が現在から2030年の間に30%増加し、市場規模は4.7TWh、市場価値は4億米ドル以上に達すると示唆されています。

リチウムイオン蓄電池が当面は産業の主流になると考えられる一方で、エネルギー貯蔵部門を加速的に成長させる可能性を秘める代替技術の研究も進んでいます。

lithium-ion demand

最先端の代替バッテリー技術

リチウムイオン以上の効率レベルを誇る代替バッテリー技術の研究は、興味深い成果を挙げています。

  • ナトリウムイオン電池:今後リチウムの供給が減少したり、市場の多様化が必要な場合に代替技術として台頭する可能性を示しているのがナトリウムイオン電池です。ナトリウムイオン電池は、エネルギー密度(1kgあたり170〜190Whに対して120〜160Wh)やライフサイクル(充電回数4,000〜8,000回に対して2,000〜4,000回)の点でリチウムイオン電池に劣りますが、生産コストを最大20%削減できます[6]。また、過充電等による熱暴走(可燃性電解液の温度が上昇して制御不能になること)が起きにくいため、リチウムイオン電池より安全だと考えられます。2023年だけでも、6社以上のメーカーがナトリウムイオン電池の生産を開始しました。
  • フロー電池:膜で分けられた、液体に溶解した2つの化学成分によりエネルギーを生成する充電式の大型燃料電池です。稼働時は、貯蔵タンクから電極を通して電解液がポンプで送られ、電子の抽出後に再充電されてタンクに戻されます。初期のフロー電池はレアメタル(希少金属)のバナジウムを必要としていましたが、その後改良を経て、現在ではバナジウムの代わりに、同じく電子の充放電ができる持続可能な有機化合物が使用されています。フロー電池が数千世帯規模の一般家庭に長時間電力を供給できる日も、そう遠くないかもしれません。フロー電池は多くの固体電解質材料に比べてエネルギー密度と放電速度が低いものの、その実用性は急速に証明されつつあります。中国の港湾都市として知られる大連市は昨年、100MW/400MWhのフロー電池の稼働を開始し、住民が風力・太陽光電力を広範囲に利用できるようになりました。

Tanked up

  • 圧縮空気エネルギー貯蔵(CAES):このシステムでは、余剰電力を圧縮空気の形で大型加圧容器に保存し、その保存した空気を放出する際に発電機のタービンを回して電力を生成します。コストを最小限に抑えるため、廃塩鉱山など既存の設備を活用して圧縮空気を貯蔵することもあります。この技術自体は新しいものではありませんが、現在は空気を圧縮する際に発生する熱を保存して、電力放出時に膨張媒体として再利用する研究が進められています。英国では大学主導のプロジェクトにより、深海に貯蔵タンク(エネルギーバッグ)を設置する実験が進められています。この方法を活用できれば、単位エネルギー量あたりの貯蔵コストがGBP1〜10/kWhまで下がる可能性があり、揚水発電(GBP50/kWh)や電気化学的エネルギー貯蔵(GBP500/kWh)を大幅に下回ります[7]
  • 重力蓄電池(機械式エネルギー貯蔵)重力エネルギー貯蔵システムは、タワーの上に「ブロック」を持ち上げ、電気が必要な時にそれを重力で降下させて発電するものです。位置エネルギーを活用するのは理にかなっています。重力蓄電池の質量と緩やかな降下により膨大なトルクが生まれ、瞬時に最大出力を得ることができます。重力蓄電(機械式エネルギー貯蔵)は電力網の供給バランスを保ち、発電量の変動を抑えて停電やインフラの損傷を防ぐのにも役立ちます。スイスに本社を置くEnergy Vault(エナジー・ボールト)は今年、同社の重力蓄電技術の汎用性を実証する2つの重力蓄電プロジェクトの試運転を開始しました。ひとつは上海近郊に設置された100MWhの重力式EVxシステムで、3,400世帯に電力を供給できます。もうひとつは米国テキサス州にある高さ約140mのエネルギー貯蔵施設で、総容量は36MWhです[8]
  • 電池:砂(またはそれに代替するもの)を蓄熱材料とし、主に太陽光や風力から生成した電力を熱に変換して砂に蓄える開発中のエネルギー貯蔵システムです。一旦導入されれば、建物を直接温めたり、これまで化石燃料が使用されてきた工程に蒸気を提供できるようになります。現在はまだ普及が進んでいませんが、すでにフィンランドでは運用が開始されています。フィンランドの電力会社Vatajankoski(ヴァタヤンコスキ)が運用する「砂電池」式のエネルギー貯蔵装置は、カンカーンパーの街にあり、さまざまな商業施設や住宅ビルの暖房に役立てられています。この装置は断熱性のスチール製サイロに砂とヒートパイプを入れたもので、600℃前後に達し、満充電で最大8MWhの熱エネルギーを貯蔵できます。砂は耐熱性が高いため、同程度の水タンクに蓄えられる熱エネルギーの数倍の量を保持できますが、電気変換率は現時点でわずか30%に過ぎません。砂電池では化学反応が発生しないため、通常の電池のような摩耗や損傷のプロセスがないことから、将来的には耐久性に優れたソリューションとして実証される日が来るかもしれません。フィンランドのプロジェクトチームは、地域暖房システムを導入している世界各地で、砂電池の技術がいずれ実用化されるだろうと大きな期待を寄せています[9]

蓄電池技術のポテンシャルを最大限に引き出すためには、ステークホルダー(利害関係者)が適切な研究分野に出資し、大規模な産業化を進めなければなりません。環境と収益を両立させるために、バリューチェーン全体でサステナビリティ、透明性、レジリエンスを重点的に高めていく必要があります。

蓄電池の普及を阻む諸問題

蓄電池が一般的になる未来への道のりには、さまざまな問題が待ち受けているでしょう。しかし、それは決して乗り越えられない壁ではありません。

レアアース(重希土類)の採掘と精製は、天然資源を枯渇させ、土地の荒廃や廃棄物の発生を招き、土壌汚染や水質汚染を引き起こして生物多様性を破壊します。重要なバッテリー部品の多くが調達されている新興市場では、先住民の権利や強制労働などの問題が発生する可能性もあります。

Battery value chain

炭酸リチウムの需要は2030年までに3,000ktを超えると予測されています。これは、2021年の生産量(約600kt)や、現在の鉱物採掘契約に基づいて算出された2030年までの生産予想量(1,500kt)をはるかに上回ります[10]

官民を問わず、ステークホルダーは規制の強化や透明性の向上に努め、先を見据えた長期的な計画を立てることで、ESG(環境・社会・ガバナンス)の落とし穴を上手に避けて進むことができるでしょう。

蓄電池のバリューチェーンも、これまで価格変動の煽りを受けてきました。世界的な「生活費の危機」が叫ばれる今、蓄電池の価格高騰により脱炭素化の取り組みが致命的に遅れるリスクがあります。こうした背景を考えると、将来のニーズに合わせて蓄電池の生産規模を十分に拡大できるかは依然として不透明なままです。

また、不安定な国政についても考慮しなければなりません。サプライチェーンの断絶、熟練労働者不足、知的財産権の保護に関する国際協調の乱れなどの問題に立ち向かうには、より強固な結束が必要です。

緩和策を速やかに実行すれば効果があるかもしれません。長期契約やサプライチェーンの垂直統合も、ビジネスの確実性を高め、投資家の信頼を得るのに役立つでしょう。重要人物の心を動かすには、レアアースの採掘に伴う環境破壊に対するCSR活動を広げ、事業目標に盛り込む必要があります。

生産から廃棄までのライフサイクルにおけるすべての段階で、蓄電池の環境価値が繰り返し実証されている今、業界関係者はただ手をこまねいているつもりはありません。しかし、どうすれば成功に辿り着けるのでしょう? 専門家は、2030年までに健全で持続可能なバッテリーエコシステムを確立するには、次の3つのポイントが必須であると述べています[11]

  • レジリエントなサプライチェーン:一番理想的なのは、各国が国内の需要を自国の資源で賄うことです。
  • サステナビリティ:脱炭素化社会を実現するには、エネルギー貯蔵産業が自ら積極的に脱炭素化に取り組み、10年後までに原材料と生産工程における排出量を90%削減しなければなりません。
  • 循環型バリューチェーン:廃棄の段階が近づいている原材料は、厳格な再処理を行った上で、システムに循環させる必要があります。こうした循環型の文化を通じて、廃棄を最小限に抑えつつ、経済価値を最大限に高めていくことができます。循環型システムは2040年までに60米億ドルの追加利益をもたらすと考えられています。

エネルギー貯蔵産業のエコシステムの調和を図るためには、政治家の熱心なサポートと民間セクターの大胆なビジョンが欠かせません。Abdul Latif Jameel(アブドゥル・ラティフ・ジャミール)のようなディスラプターやイノベイターがいれば、明るい未来を切り拓くことができるでしょう。

人々に「パワー」をもたらす民間セクター

Abdul Latif Jameelの主要な再生可能エネルギー事業部門であるFotowatio Renewable Ventures(FRV/フォトワティオ・リニューワブル・ベンチャーズ)は、風力発電や太陽光発電などのグリーン電力の発電だけでなく、革新的なエネルギー貯蔵プロジェクトにも力を入れています。

Sustainable storage feature image2022年、FRVはオーストラリア、ビクトリア州のグナーウォーにおける最新のバッテリーエネルギー貯蔵システム(BESS)への資金調達を確保しました。リチウムイオン蓄電池を活用し、出力規模は250MWとなる予定です。この取引は、同じくビクトリア州のテランで100MWのBESS建設プロジェクトに合意した矢先のことでした。

FRVのイノベーション開発事業を担当するFRV-Xは、一般家庭や産業への24時間電力供給を保証する実用規模のBESSプロジェクトを世界中に展開していることで高い評価を得ています。

FRVはすでに英国エセックス州クレイタイ(99MW/198MWh)、ドーセット州ホールズベイ(7.5MW/15MWh)、ウェスト・サセックス州コンテゴ(34MW/68MWh)のBESSプロジェクトを手がけています。

また、オーストラリアのクイーンズランド州ダルビーでも、太陽光発電所とBESSを組み合わせたハイブリッドプラントを運営しています。

2022年、FRVは英国でBESSプロジェクト2件を追加受注し、ギリシャでもBESSプロジェクトの過半数株式を獲得しました。FRV-Xは、主要市場で500MW以上のBESSプロジェクトを運営してきた実績があります。

「再生可能エネルギーの貯蔵技術の最先端で、人類により良い未来をもたらすことに貢献していることを誇りに思います」とAbdul Latif Jameel社長代理兼副会長のファディ・ジャミールは語ります。

Fady Jameel
Abdul Latif Jameel
社長代理兼副会長
ファディ・ジャミール

「私たちはグリーンエネルギーをクリーンかつ経済的に生成する技術を会得しつつあります。効率的なエネルギー貯蔵システムは、真に持続可能な社会を実現する上で重要な鍵を握っています。業界では、蓄電池技術の凄まじい進化に大きな期待の声が上がっています。私たちは、その一翼を担っていることを誇りに思います」

データを見ると、その躍進ぶりは明らかです。世界のバッテリー市場は、新規雇用の創出と既存雇用の確保を通じて、2030年までに最大1,800万人の雇用を保護できる可能性があります[12]。陸上輸送の分野だけでも、来るべきバッテリー革命により、2050年までに温室効果ガスの排出量をCO2換算で最大70ギガトン(GtCO2e)削減できると言われています。

信頼性・汎用性の高いグリーンエネルギーを求める動きは、特定の気候や文化に限った話ではありません。むしろ、世界中で積極的な出資が行われています。米国では2022年のインフレ削減法が功を奏し、クリーンエネルギー投資に割り当てられる3,700億米ドルの取り分を巡ってステークホルダーが凌ぎを削っています。大西洋を隔てたヨーロッパでは、ロシア・ウクライナ情勢に端を発したエネルギー危機がきっかけとなり、電力供給・貯蔵のイノベーションを優先する向きが加速しています。欧州グリーンディールでは、今後10年のうちにクリーンエネルギーとサステナビリティの分野に対し、1兆ユーロ以上の環境投資を実施する計画が進んでいます[13]

こう見ていくと、BESSセクターが、2030年まで年平均29%の成長率を記録すると予測されているのも至極当然のことでしょう。

Battery energy storage system capacity

年間450GWhから620GWhの実用規模のBESSを建設すれば、2030年までに90%の市場シェアを獲得できるでしょう[14]。勇み足だと思いますか? そんなことはありません。実用規模のバッテリー貯蔵システムのネットワークを確立することで転換点が訪れ、人類の存続に欠かせないグリーンエネルギーへの移行を実現できるかもしれないのですから。

[1] https://www.irena.org/News/pressreleases/2023/Mar/Record-9-point-6-Percentage-Growth-in-Renewables-Achieved-Despite-Energy-Crisis

[2] https://www.nationalgrid.com/stories/energy-explained/what-is-battery-storage

[3] https://documents.worldbank.org/en/publication/documents-reports/documentdetail/873091468155720710/Understanding-CO2-emissions-from-the-global-energy-sector

[4] https://www.windpowerengineering.com/how-three-battery-types-work-in-grid-scale-energy-storage-systems/

[5] https://www.mckinsey.com/industries/automotive-and-assembly/our-insights/battery-2030-resilient-sustainable-and-circular

[6] https://www.mckinsey.com/industries/automotive-and-assembly/our-insights/enabling-renewable-energy-with-battery-energy-storage-systems

[7] https://www.thegreenage.co.uk/tech/compressed-air-energy-storage/

[8] https://interestingengineering.com/innovation/two-massive-gravity-batteries-are-nearing-completion-in-the-us-and-china

[9] https://www.bbc.com/future/article/20221102-how-a-sand-battery-could-transform-clean-energy

[10] https://www.mckinsey.com/industries/automotive-and-assembly/our-insights/battery-2030-resilient-sustainable-and-circular

[11] https://www.mckinsey.com/industries/automotive-and-assembly/our-insights/battery-2030-resilient-sustainable-and-circular

[12] https://www.mckinsey.com/industries/automotive-and-assembly/our-insights/battery-2030-resilient-sustainable-and-circular

[13] https://eucalls.net/blog/the-basics-of-the-european-green-deal

[14] https://www.mckinsey.com/industries/automotive-and-assembly/our-insights/enabling-renewable-energy-with-battery-energy-storage-systems