成功の法則: 企業文化を育むジャミール・プリンシプル
文化は、私たちの行動のほぼあらゆる面に影響しています。社会面で言えば、食生活、衣服、言語をはじめ、社会規範や行動様式、慣習のすべてに文化が反映されます。企業文化もまた然りです。企業文化は、企業が理念や価値観に基づいて理想の姿を追求し、企業目的を叶えるための枠組みとなります。
では、企業文化とは具体的に何を指すのでしょう? フォーブス誌は、企業文化を 「職場の社員に共通の価値観、姿勢、および前提知識」と定義しています[1]。事業の業績に対する企業文化の重要性を過小評価してはなりません。実際、Deloitte(デロイト)の調査によると、経営幹部の94%、従業員の88%がビジネスの成功には独自の企業文化が欠かせないと回答しています[2]。
今年初め、Abdul Latif Jameel(アブドゥル・ラティフ・ジャミール)は、世界34か国で展開している多角的事業のあらゆる面に通じる前向きな企業文化を構築する取り組みに着手しました。その中核となったのが、創業者の故アブドゥル・ラティフ・ジャミールが、1945年の創業以来貫いてきた経営哲学を反映する「ジャミール・プリンシプル」です。ジャミール・プリンシプルは、前向きな企業文化を築くための土台になるものです。
企業人事・改善担当副社長のファイサル・アブダラを筆頭に、ジャミール・プリンシプルの策定を通じて 強固な企業文化の構築を目指すプロジェクトは、組織全体を挙げての複雑な多国間の取り組みです。今回は、企業人事・改善部門の文化開発担当マネージングディレクターを務める宮本雄悟氏にインタビューを敢行し、ジャミール・プリンシプルが完成するまでのいきさつや課題、今後の成果への期待について話を伺いました。
宮本氏は2020年にAbdul Latif Jameelに入社し、主に文化変革プログラムの陣頭指揮と、ジャミール・プリンシプルの策定に携わってきました。
それ以前はトヨタ自動車(TMC)に32年間在籍し、トヨタの企業DNAを明文化した「トヨタ・ウェイ」の策定に関わっています。
また、ドバイを拠点とするTMC中東担当代表を数年務め、それがAbdul Latif Jameelと関わりを持つ最初のきっかけになりました。
Q:ジャミール・プリンシプルの策定は、どのように始まったのですか?
本プロジェクトの推進力となったのは、会長のモハメッド・ジャミールです。2020年末に企業人事・改善部門が設立された際、会長が私たちに課した任務は、世界30ヶ国以上、社員1万1,000名に及ぶ系列ネットワークの多様な事業部門をひとつにまとめる企業文化を築くことでした。
まず最初に取りかかったのは「企業文化」の意味を定義することです。その際、2つのインプットを考慮しました。ひとつは、創業者から数十年にわたり継承されてきた4つの価値観 (リスペクト、改善、パイオニア精神、エンパワーメント/RIPE)です。
もうひとつは、創業者が掲げたAbdul Latif Jameelのビジョンです。
しばらくはこのビジョンをなかなか上手に言語化できず苦労していたのですが、たまたま、当社のある施設を訪問した際に、創業者の言葉が刻まれたプレートが壁にかかっているのを見かけました。そこには 「私たちは企業として地域社会に配慮し、トヨタ自動車と同じように事業を営む」と書かれていたのです。創業者のビジョンを定義に落とし込み、当社の価値観や企業文化における意義を理解する上で、この言葉が指針となりました。
Q:Abdul Latif Jameelの社員は、ジャミール・プリンシプルの策定にどのような役割を果たしたのですか?
まず、経営幹部から現場の社員まで幅広くインタビューを行いました。
インタビューでは、誰に対しても同じ質問をしました。それは「創業者から受け継がれた価値観を実践するには、どのような姿勢や行動が必要だと思いますか?」というものです。
こうして集めた社員の意見をいくつかの基本的な信条や優先事項に集約し、それを基にして4つのコアバリューを明確に定義しました。
Q:トヨタ・ウェイは、ジャミール・プリンシプルの策定にどのような影響を与えましたか?
ジャミール・プリンシプルの策定に際し、初期の段階でトヨタを参考にしています。トヨタと長い間事業提携してきたことや、「トヨタ・ウェイ」の成功が世界的に認められていることが理由です。海外担当社長代理兼副会長のファディ・ジャミールとサウジアラビア担当社長代理兼副会長のハッサン・ジャミールは日本での留学経験があり、ファディ・ジャミールは米国、ハッサン・ジャミールは日本のトヨタでそれぞれ研鑽を積んでいます。ですから、両者ともトヨタ・ウェイに精通しており、それが企業文化に及ぼす影響をよく理解しています。
しかし、Abdul Latif Jameelは、トヨタとは大きく異なります。
ですから、単純にトヨタ・ウェイをコピーすることはしたくありませんでした。Abdul Latif Jameel独自の原則を開発したかったので、トヨタ方式の基本的な概念を取り入れつつ、それを自分たちの文脈に合わせて再解釈し、新たな原則を策定しました。
Q:明確に定義された「企業文化」の重要性は何ですか?
ジャミール・プリンシプルを導入する際には、こう説明しました。企業文化とは何か? それは事業運営や社員の行動規範に関する企業の信条や概念を表すものであり、企業や社員の成功を大きく左右する可能性があるものだ、と。
もうひとつ、私たちが自らに問いかけたのは、なぜ今これをしているのか?ということです。その答えは、創業時にまで遡ります。創業間もない頃は、創業者の故アブドゥル・ラティフ・ジャミール自身が、事業全体を監督していました。彼は社員全員の名前を把握しており、社員の家族とも懇意だったため、事業や社員の行動規範の基盤となる価値観を言葉で伝えることは簡単でした。
しかし、この数十年で事業が飛躍的な成長を遂げた今、創業期のやり方は通用しなくなりました。それでも、私たちは事業に対する独自の姿勢や共通の価値観を浸透させたいと考えています。なぜなら、それがビジネスの本来あるべき姿であり、持続可能な成長につながるからです。それが企業文化の役割です。企業文化は、共通の価値観に基づいて、誰もが正しくビジネスを行うための枠組みとなります。
Q:ジャミール・プリンシプルを策定する過程で1番大変だったことは何ですか?
膨大な数の社員を対象に、期待や経験、物の見方、価値観をヒアリングし、ジャミール・プリンシプルの策定に向けて回答を集約する作業が1番大変でした。
ヒアリングの回答を4つのブランド価値観(リスペクト、改善、パイオニア精神、エンパワーメント/RIPE)に分類し、そのインサイトを基にジャミール・プリンシプルを策定しながら、業務に対する姿勢や行動規範における意味を探っていきました。
つまり、ジャミール・プリンシプルとは、当社の4つの価値観を実践するための行動規範を明確に示したものと言えます。
Q:今後、ジャミール・プリンシプルを通じてAbdul Latif Jameelの企業文化がどう強化され、変化することを期待しますか?
すぐに大きな変化が起きるとは考えていません。ジャミール・プリンシプルはあくまで理想の姿を示したもので、現状ではないからです。しかし、長期的には大きな変革を図りたいと考えています。社員全員が成長し、キャリアや実力を伸ばしていけるように、惜しみない支援を提供していく所存です。社員がより積極的に業務に励み、ジャミール・ファミリーの一員であるという意識を持って、Abdul Latif Jameelで楽しく働いてくだされば、これに勝る喜びはありません。
同時に、強固な企業文化の形成を通じて当社の価値観を高め、優先的に実践することで、長期にわたる持続可能な成長の軌道に乗りたいと考えています。
これを達成するための主なステップとして、ジャミール・プリンシプルの「改善」の価値観が挙げられます。これは、日本の継続的な「改善[3]」の概念に由来するものです。
私たちは、Abdul Latif Jameelの社員全員が業績を伸ばせるよう積極的にサポートしていきたいと考えています。何も、初めから大きな改善を求めているわけではありません。しかし、社員全員が率先して小さな改善を積み重ねていけば、複利効果で社員も企業も大きく変革する可能性があります。
Q:Abdul Latif Jameelの行動規範は、全体の中でどのような役割を果たしているのですか?
Abdul Latif Jameelの行動規範は、社員が守るべき最低限の倫理的・道徳的基準を定めたものです。これは、企業文化の基調となります。この行動規範に従うことで、相互信頼、相互リスペクト、相互責任の理念に基づいた企業文化を築くことができます。一方で、ジャミール・プリンシプルは、その行動規範が適用される、より広範な組織の文脈を明文化したものです。
つまり、両者の関係は、言うならばコインの裏表のようなものです。
Q:ジャミール・プリンシプルの次の段階は何ですか?
今後は、まず社員全員にジャミール・プリンシプルを知ってもらい、内容を理解してもらうことが中心になります。社員一人ひとりや当社の多角的事業において、ジャミール・プリンシプルが何を意味するのかをしっかり理解してもらうことが大事です。
ジャミール・プリンシプルの冊子は数分程度で読めます。
しかし、その内容を完全に把握し、今後の行動や期待値、優先事項などにどのような影響をもたらすかを理解できるかというと、それは別の話です。
そのため、社員全員を対象に、ジャミール・プリンシプルへの理解を深めるためのオンライン研修プログラムを開発しているところです。
現在は、今年末のリリースを目指して全力で開発を進めています。
それが完了した段階で、企業文化や、社員・事業の業績に取り組みの成果が徐々に現れてくるのではないかと期待しています。
[1] https://www.forbes.com/sites/pragyaagarwaleurope/2018/08/29/how-to-create-a-positive-work-place-culture/?sh=fd56aa942727
[2] https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/global/Documents/About-Deloitte/gx-core-beliefs-and-culture.pdf
[3]改善(かいぜん)は、2つの漢字を組み合わせた熟語であり、元は「前向きな変化」や「向上」を意味します。しかし、リーンの方法論や原則との関連性が深まるにつれ、「継続的改善」を意味するようになりました。改善の概念は、第二次世界大戦後の日本の品質向上サイクルに由来しています。