かつて世界で最も高度で強大な古代文明を築いたエジプトは、中東・北アフリカ地域(MENA)最大級の自動車市場に成長する可能性を秘めていると言われながらも、まだその実現には至っていません。今後、その流れは変わっていくのでしょうか? 今回は、Abdul Latif Jameel Motors(アブドゥル・ラティフ・ジャミール・モータース)で30年以上の経験を有し、現在はエジプト地域担当ディレクターを務めるタレク・アブドゥルラティフにインタビューを試み、進化するエジプト自動車市場やこれまでのキャリア、また今後の事業成長計画について話を伺いました。

1991年にタレク・アブドゥルラティフがAbdul Latif Jameel(アブドゥル・ラティフ・ジャミール)に入社して早30年以上になりますが、彼のビジネスにかける情熱や将来へのビジョンは揺るぎのないものです。

タレク・アブドゥルラティフ
エジプト地域担当ディレクターRegional Director, Egypt
Abdul Latif Jameel Motors International

アブドゥルラティフは、エジプトのカイロ大学で経営学を学び、卒業後すぐにAbdul Latif Jameelの求人広告を目にしました。その名は耳にしたことがあり、大手であることから応募したところ、無事採用が決まり、サウジアラビアのAbdul Latif Jameel Motorsでレクサス販売員としてキャリアをスタートさせました。当時、同社はサウジアラビア国内では名が知られていましたが、海外での知名度は今ほどではありませんでした。

1995年、製品に対する深い関心や造詣、そして技術的な専門知識が評価され、営業部門から製品企画スペシャリストとしてマーケティング部門へ異動。新天地でも事業を通じて業績を伸ばし、「高業績社員」プログラム(現Abdul Latif Jameel管理職養成プログラム)への参加者として抜擢され、個別トレーニングやコーチングを受けながら更にキャリアを伸ばしました。その後、数回の昇進を経て、2005年には当時マーケティング部門下にあった企画グループのゼネラルマネージャーに就任しました。

その後もサウジアラビアを拠点に活動していましたが、Abdul Latif Jameelがエジプトでダイハツブランドの販売を進めるにあたり、エジプト地域担当マネージャーに抜擢されてカイロに戻ることになります。

「カイロに戻り、まずチームの養成に取り組み、それから販売開始に向けて、販売ネットワークの確立やアフターセールスなど、すべての段取りを管理しました。2006年6月に販売を開始し、大成功を収めました」とアブドゥルラティフは当時を振り返ります。

Ford Trucks Egypt
右から左:フォードトラック・マーケティング・スペシャリスト オトマン・テベイン氏、同社アフリカ地域担当マネージャー トゥファン・アルトゥグ氏、Abdul Latif Jameel PR・広報担当マネージャー ディナ・カマル、産業プロジェクトアドバイザー モハメッド・ムッサ、フォードトラック・エジプト地域輸出担当者 ファティ・チェケン氏、Abdul Latif Jameel エジプト地域担当ディレクター タレク・アブドゥルラティフ、フォードトラック・マーコム担当者 コーハム・ デュンダル氏(2017年、エジプトでのフォードトラックの販売開始を記念して撮影)

その後の10年間は、エジプトおよび北アフリカ地域での事業を大幅に拡大し、フォード、日野トラック、フォードトラックなどの数多くの製品を展開し、成功を収めました。また、2020年にマルチブランドの自動車販売ネットワーク「Auto Store(オートストア)」の設立を指揮しています。

アブドゥルラティフはエジプト地域担当ディレクターとして、主に3つの自動車事業を統括しています。まず、エジプトにおけるフォードの正規販売店であり、流通、販売ネットワークの開拓、小売、アフターセールスなどを幅広く手がけるAuto Jameel(オート・ジャミール)、次に大型トラック(日野、フォードなど)の販売代理店であるALJICO Misr(アルジコ・ミスル)です。

Abdul Latif Jameelは、エジプトにおけるMG、プジョー、ルノー、三菱の正規ディーラーでもあり、「Auto Store」ブランドを通じて中古車市場(POV)でも急成長を遂げています。

眠る可能性

エジプトの自動車市場はよく、巨大な未開拓市場だと言われます。エジプトは、2022年に人口が1億800万人に到達しそうな勢いを見せています。このようにトルコやイランに匹敵する規模を誇る国ならば、販売台数は年間60万から80万台、好調な年には100万台まで上るのが普通です。しかし現実には、エジプトの自動車販売台数は、常に30万台未満に留まっています。その理由には、経済(および政治)が定期的に不安定になることや、各世帯の可処分所得に対して自動車の価格が比較的高いことなどが挙げられます。

Auto Jameel Ford HQ Egypt
エジプト、カイロのAuto Jameel Ford(オート・ジャミール・フォード)本社

1億700万以上の人口のうち、自動車を購入できる余裕があるのは約5%足らずだとアブドゥルラティフは述べています。中国も15〜20年前は似たような状況でした。しかし、10年以上にわたる安定した経済成長により、中国の自動車市場は世界最大規模に成長しました。一方、エジプトは未だに政治的・経済的不安定と低賃金の悪循環から抜け出せていません。しかし、アブドゥルラティフは、「エジプト自動車市場のポテンシャルもいずれは開花する」と楽観的な見方を示しています。

「需要がなくなるということはありません。エジプトの人口は年率2.5%の割合で増加を続けており、実需は常に生まれています。しかし、需要を満たせるかどうかは、景気や市場の浮き沈みに左右されます。この点を解決できれば、需要は爆発的に伸び、ビジネスチャンスも生まれると確信しています」とアブドゥルラティフは語ります。

もちろん、エジプトの社会経済的な不安定さを解消するだけでなく、同国の自動車市場の発展を促進する上でも政府の戦略は欠かせません。

政府が掲げる政策では、現地組立(セミノックダウン生産(SKD)およびコンプリートノックダウン生産(CKD))、そして電気自動車(EV)の2つが重視されています。2022年初頭、政府は最新の自動車戦略を発表しました。この戦略は、現地での自動車製造・組立を増やし、同分野における競争力を高め、地域の製造拠点としての地位を確立することで輸出の増加を目指すものです[1]

また、現地で組み立てられたEVに対するインセンティブ制度を導入する案や、不動産開発業者の新規建設プロジェクト(住宅・商業)に充電ポイントの設置を義務付ける案も提示されました。

電動化への移行

この5年間で、EVは世界中の自動車市場を大きく変えました。エジプト政府はEV導入に積極的ですが、同国のEV市場はまだ黎明期にあります。

エジプトには今もEVの正規販売代理店がなく、街中で見られる数少ないEVも中国やヨーロッパから並行輸入された中古車であることがほとんどです。2022年11月にはシャルムエルシェイクで国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)が開催されることもあり、政府はこの状況を変えようと意欲的な取り組みを進めています。

エジプト政府は、カイロ、ギザ、アレキサンドリア、シャルムエルシェイクの各州を皮切りに、今後18か月以内で3,000基のEV充電ステーションを管理・運営するプロジェクトの入札を開始しました。その推定費用は4億5,000万エジプト・ポンド(約600億円)に上ると言われています。[2]また、2023年にエジプト初のEVを生産する計画を発表し、EV導入を見据えてエンジン容量が基準となっている現行の自動車規制の見直しを進めています。

「政府はEVを支持することを明確に公言しています。今後はEVが主流になり、エジプトもEV化が進むことは周知の事実ですが、その実現には時間がかかりそうです。インフラの整備や供給の増加だけでなく、需要の創出にも取り組まなければなりません。現在、エジプトでEVを購入するのはリスクの高い行為です。リスクへの不安を払拭し、安心してEVを選択できるようなインセンティブを導入する必要があります。それが実現すれば、中国のような急成長が期待できると思います」とアブドゥルラティフは語ります。

アブドゥルラティフは、中国の自動車市場が、今世界で最も勢いのある市場のひとつだと確信しています。技術、品質、マーケティングが急速に発達し、欧米の水準と期待値を満たせるレベルに達したからです。しかし、中国ブランドは輸出実績の点でまだ劣っています。最近まで、中国ブランドは主に国内市場を対象としていました。しかし、こうした中国ブランドが海外進出に力を入れ始めるようになったことで、サプライチェーン、物流、アフターセールス、顧客の嗜好の面でサポートを提供する機会が生まれています。

Abdul Latif Jameelは、中東や北アフリカ地域への優れた架け橋になります。この地域の事情に精通しており、システムやインフラもすでに整備されています。ブランドが一からシステムやインフラを構築する必要はありません。当社と提携することで、すべてを円滑に進めることが可能になります」とアブドゥルラティフは語ります。

デジタルの未来

一方、Abdul Latif Jameel Motorsのエジプト事業成長計画について、アブドゥルラティフは、今後数年間の事業成長を図る上で2つの戦略を見据えていると語ります。ひとつはデジタル化への投資、もうひとつは新規パートナーシップの確立です。

左から右:2021年、アレクサンドリアのグリーンプラザに設立された新車・中古車販売店「Auto Store(オートストア)」のオープニング式典でテープカットをするAbdul Latif Jameel Motors International(アブディル・ラティフ・モータース・インターナショナル)シニアマーケティングディレクター ハサン・S・アル・アラミと、Abdul Latif Jameelエジプト地域担当ディレクター タレク・アブドゥルラティフ

エジプトでは、マルチブランドのショールームがとても人気です。しかし、こうしたショールームの建設・開発やマーケティングは複雑な上に、費用も時間もかかります。調査によると、新車の購入を検討する消費者のほとんどは、まずオンラインで車種を調べ、仕様を比較し、価格を検討していることが明らかになっています。Abdul Latif Jameelでは、デジタル化を推進し、オンライン上で購入を検討する顧客を捉え、適切なタイミングで実際のショールームへと誘導する戦略を採用しているとアブドゥルラティフは語ります。

「お客様の利便性の向上のため、デジタルプラットフォームの開発を進めています。当社は自動車会社です。顧客のことを熟知しており、カスタマージャーニーの詳細や重要なマイルストーンを把握しています。こうしたインサイトをもとに、オンラインプラットフォームの開発を進めています」とアブドゥルラティフは述べています。

「ブランド、車種、ローンや保険、アクセサリー、保証など、カスタマージャーニーの各段階で、さまざまなオプションを顧客に提供します。こうしたオプションは、すべてオンラインで選択できるようになっています。その上でショールームにご来店いただき、購入プロセスの最終段階の手続きを踏んでいただく仕組みです。

2023年1月にはデジタルプラットフォームのバージョン1をリリースし、年内を通じて機能を拡張していく予定です。

2022年中旬、Abdul Latif Jameel Egypt(アブドゥル・ラティフ・ジャミール・エジプト)は、ダミエッタにルノー正規代理店の「オートストア・ブティック」をオープン。

事業成長に向けたパートナーシップ

新規パートナーシップに関しては、大手自動車ブランドの大半がエジプトに販売ネットワークを確立しているため、外部的成長の余地は限られている、とアブドゥルラティフは語ります。代わりに、Abdul Latif Jameel Motorsは、事業価値、目的、アプローチに合った新規ブランドをエジプト市場に参入させる戦略を掲げています。

「まっさらな状態からスタートし、当社の経験、業界に関する専門知識、リソースをすべて注ぎ、エジプトで成功するブランドに育てる予定です。この計画は市況を鑑みて一旦中断されましたが、この戦略は早めに実現させたいと考えています」とアブドゥルラティフは語ります。

具体的にどの程度早期に実現できるかは、エジプト市場の規制や政策の変革に左右されます。しかし、このような課題の存在に関わらず、エジプト市場の長期的な可能性やAbdul Latif Jameel Motorsの競争力について、アブドゥルラティフは揺るぎない確信を抱いています。

「エイブラハム・リンカーンの有名な言葉の通り、『これもまた過ぎ去る』でしょう。市況が落ち着けば、また動き出すことができます。当社には苦境に負けない優秀なチームが揃っています。明確な事業成長戦略もあります。そして、長期的な視野で取り組む構えです。必ず新ブランドの立ち上げを成功させ、Abdul Latif Jameel Motorsの魅力を伝えていきます」とアブドゥルラティフは熱く語ります。

[1] https://enterprise.press/stories/2022/03/13/a-first-look-at-the-long-awaited-automotive-strategy-bidding-for-new-ev-charging-company-management-this-week-66761/

[2] https://english.ahram.org.eg/News/464553.aspx