紛争や疫病が蔓延し、気候変動のさまざまな影響が影を落とす予測不能な世界において、総合的なリスクを包括的に把握することは、闇を照らす一筋の光となります。家族が人生設計を立て、ビジネスリーダーが産業の発展を導き、政府がより強靭な社会を築くためには、リスクの実態を正確に把握することが不可欠です。リスクを恐れるばかりに、見て見ぬふりをし続けることは、自己破壊の悪循環に陥ることを意味します。

Global Risks Report 2023世界経済フォーラム(WEF)の第18回グローバルリスク報告書のテーマは「混沌からの秩序」です。この2023年版報告書は、現代社会が直面する危機の深刻さを「人類史上とりわけ破壊的な時代」と表現し、警鐘を鳴らしています。[1]

WEFは報告書の中で、経済成長の停滞や国際協調の低下、そして一連の妥協で気候変動対策や社会の発展が妨げられる近未来の姿を描いています。

2023年版のグローバルリスク報告書では、新旧の課題が複雑に絡み合う様子が浮き彫りになっています。

インフレ、貿易戦争、社会不安、地政学的対立といった古くからの課題に加え、持続不可能な債務、脱グローバル化、生活水準の低下、世界の平均気温上昇を産業革命以前と比較して1.5℃に抑える「1.5℃目標」のタイムリミットが近づいていることなど、現代特有の課題がせめぎ合っています。

WEFの言葉を借りると、こうした課題の嵐と共に人類史上「前代未聞の不確かな激動の」時代が到来しようとしています。ビジネスの世界でも、VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)という頭字語で、同様の認識が示されています。このVUCA(ブーカ)という用語は、1987年にウォーレン・ベニスとバート・ナヌスの「リーダーシップ理論」で初めて使用されたことをきっかけに、現代のグローバルな商業・政策環境を表現する言葉として広く使われています。

WEF報告書は、専門家へのアンケートをもとに、短期的なリスク(2020年代半ばまでのリスク)と長期的なリスク(約10年後に顕在化するリスク)の両方を検証したものです。

当然のことながら、人類が今後2年で直面する深刻な課題は経済的な側面が強く、長期的な課題では人類の生存に関する側面がクローズアップされています。

人類の生活様式を根底から揺るがす可能性のある長期的なリスクを軽減するには、現在のシステムや構造を根本的に見直す必要があるでしょう。しかし、長期的な問題の原因を追求し、世界を再構築する前に、私たちはまず、今後2年に世界の安定を脅かす最大のリスクとされる生活費高騰の危機に取り組まなければなりません。

経済問題は将来のリスクの前触れ

ロシア・ウクライナ情勢による燃料価格の高騰、新型コロナウイルス感染症の影響による継続的な部品不足、貿易戦争に起因する国際的なサプライチェーン問題の3つの要因が重なり、現在から2025年にかけて、さらに経済が圧迫されることが予想されます。

懸念材料は数字にも表れています。国際通貨基金(IMF)は、2023年の世界成長率の見通しを、過去平均値の3.8%を大きく下回る2.9%と予測しています[2]。2021年に6%、2022年に1.5~2%の成長を記録した米国経済も、今年後半に景気後退に入るか、0.5~1%程度の成長にとどまり、成長率は大きく後退する可能性があります[3]。国民の信頼度のバロメーターとされる資産価値でも警鐘が鳴らされています。英国の住宅価格は、2023年に約8%下落する可能性があり、これは、過去70年間で2番目に大きな年間下落幅です[4]

リスクは至るところにあります。WEFは、不適切な経済政策の実施が、流動性ショックや社会全体の債務増加を招くリスクがあると述べています。また、新たなシナリオとして浮上しているスタグフレーション(景気が停滞しているにも関わらず、インフレーションが続くこと)は、すでに膨れ上がっている公債をさらに増加させ、社会経済に深刻な影響を及ぼす可能性があります。

多くの場合、こうした経済の変化で最も打撃を受けるのは社会的弱者です。

国連の最新の「世界の食料安全保障と栄養の現状(SOFI)」報告書によると、2021年に飢餓状態にあった人の数は約8億2,100万人に上り、前年に比べて4,600万人も増加しています。現在、飢餓問題は世界人口の10%近くに及び、2019年の8%から急増しています。これは、世界の栄養問題の取り組みが急速に後退していることを示唆しています[5]

貧困の急増とそれに伴う飢餓の問題は、新興国において、抗議行動から国家破綻まで、さまざまな社会不安を引き起こす可能性を秘めています。

こうした経済の新たな実態が明らかになるにつれ、WEFは「貧富の差が拡大し、人類の進化がここ数十年で初めて後退する」時代が到来すると警告しています[6]

専門家は「地理や経済が武器として使われる」時代が訪れると予想しています。どの国も、国内の圧力が高まるにつれて、自国の主権を高め、ライバル国の経済成長を抑制する財政政策を取ることが予想されます。これが却って、現代のグローバル経済における相互依存の実態を浮き彫りにするかもしれません。

すでに山積みの経済問題に追い討ちをかけるように、経済的圧力のリスクが待ち受けています。世界経済の支柱は、国家間の緊張関係に左右されがちです。経済戦争や紛争による影響は、世界経済の回復に歯止めをかけることになりかねません。

それでも、世界はこれまで、克服不可能に思えた経済危機を何度も乗り越え、より強く、しなやかに変化してきました。1929年~1939年の大恐慌、1973年の石油ショック、1997年のアジア通貨危機、2007年~2008年の世界金融危機はその好例です。おそらく今後も同様の経済危機が起こるでしょう。ここまで乗り越えてきたというのに、今、これほどの危機感が叫ばれるのはなぜでしょうか。

WEFが最新のリスク報告書で指摘しているように、現代の経済危機が昔と異なる点は、環境問題がもたらす長期的な影響で事態が複雑になっているところです。

気候変動対策:人類を脅かす「リスク爆弾」

10年スパンで見ると、今後のグローバルリスクは、生態系の危機を中心に定義されることになりそうです。この「リスク爆弾」は、人類の生活のあらゆる側面に影響を与える可能性があります。

WEFが相談した専門家の意見は明快です。上記のリスク一覧で、2033年までに予測される「最も深刻な」危機の上位10位のうちの7つ(気候変動の緩和の失敗、気候変動への適応の失敗、自然災害と極端な異常気象、生物多様性の損失や生態系の崩壊、大規模な非自発的移住、天然資源危機、大規模な環境破壊事象)は地球温暖化に直接関連しています。さらに、上位10位のリスクのうち、少なくとも2つ(社会的結束の低下および地政学的対立)は、気候変動と間接的に関連しています。

2015年の国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択された気候変動目標(通称「パリ協定」)への取り組みは遅々として進まず、「理想論」と「政治の現実」との隔たりが露呈する形になりました。これは、短期的な経済問題に資源やエネルギーが費やされ、中期的に着々と生態系破壊が進行していることを意味しています。

気候変動対策が繰り返し確約されてきたにもかかわらず、二酸化炭素の排出量は、1992年に国連気候変動枠組条約締約国会議が発足してから60%も増加しています[7]。2030年から2050年にかけて、気候変動がもたらす飢餓、熱中症、病気などの要因により、年間死亡者数がさらに25万人増加すると予測されています[8]

2050年までには、アジア、北米、ヨーロッパなど複数の大陸の都市で、「最も暖かい月」の気温が1.9℃〜8℃上昇し[9]、米国の海岸線の海面水位も現在より30.48cm程度上昇することが見込まれています[10]

協調的な政策やグリーン産業への大規模な投資が行われなければ、気候変動の影響は悪化の一途を辿り、天然資源の枯渇や生物多様性の損失、食糧不足といった要因により生態系の崩壊が加速し、深刻な自然災害を引き起こしかねません。

生物多様性の損失と生態系の崩壊は、今後2年の上位10位のリスクとはみなされていませんが、2033年までのリスクでは第4位に浮上しています。人類史上、最速のペースで生物多様性が失われている今、後戻りできない状態にまで自然破壊が進むのではないかと危惧されています[11]

生物多様性の損失は、2009年にスウェーデン出身の科学者ヨハン・ロックストローム氏が提唱した「地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)」に定められている9項目のひとつです。ロックストローム氏を中心とする研究チームは、地球上で人間が安全に生存し、発展・繁栄できる活動範囲(地球の安定性と回復力を制御できる範囲)を9項目にわたり科学的に定義した画期的な研究を発表しました。1項目以上でこの限界を超えてしまうと、大規模で不可逆的な環境破壊が起こるリスクがあります[12]

世界経済の半分以上は、少なくとも部分的に自然や天然資源に依存しています。生態系の崩壊は、収穫量の減少、農作物の栄養価の低下、受粉の失敗、洪水や森林火災の被害の拡大に繋がっていくでしょう。そうなれば、北極圏の氷原、サンゴ礁、森林や海草生物圏などのあらゆる生態系に影響が及びます。この規模のリスクから逃れられるものは、何ひとつありません。

さらに、気候変動対策の足並みが揃わなければ、時に異なる方向に引っ張られ、ある問題から別の問題と負担を移すだけになりかねません。例えば、世界の飢餓問題の解決に不可欠な集約農業は、土地保全戦略に相反するものです。再生可能エネルギーのインフラでも、生息・生育地の減少、騒音公害、渡り鳥のルートの妨害など、想定外の結果をもたらす可能性があります。

また、リスクの深刻さに対する備えが足りないという厳しい現実も直視しなければなりません。WEFの報告書で、備えが最も不足していると指摘されているグローバルリスク10項目のうち、半数以上は気候変動問題に関連しています。気候変動対策が「効果的」または「非常に効果的」と回答した人は、アンケート回答者の約10%でした。一方で、約70%は「あまり効果がない」か「全く効果がない」と回答しています[13]。また、生物多様性の損失、生態系の崩壊、天然資源の枯渇に対する対策に関しても、同様の悲観的な見解が大半を占めています。

地球温暖化、食物連鎖、生物多様性などのリスクについて考えることは、つまるところ、人類にとっての生活の質や種としての存続について考えることに繋がるのです。

こうした新たなリスクが浮上する中で、私たちの健康にはどのような影響があるのでしょうか。

気候変動がもたらす「永続的なパンデミック」の脅威

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、人体の脆さを浮き彫りにするきっかけになりました。世界規模でロックダウンが実施され、500万人以上の死者と12兆5,000億ドルの経済損失を経験した今、人類はこれまでになく生態系の重要性を実感しています[14]

新型コロナウイルス感染症は、単に見出しを躍らせただけでなく、薬剤耐性(2019年に約500万人の死者を輩出[15])、ワクチンへの抵抗、気象病などの広範な医療問題を浮き彫りにしました。

気候変動は、すべての動植物に影響を及ぼします。もちろん、私たち人間もその例外ではありません。

気候変動対策の失敗は、今後10年で最も深刻なリスクと考えられており、人類の健康に大きな影響を及ぼします。大気汚染、水質汚染、そして致命的な湿球温度(人体の熱収支に大きく影響する湿度と気温)の上昇といったさまざまな影響が懸念されています。また、地球温暖化は、2021年に61万9,000人の死者を出したマラリア[16]やデング熱など、昆虫媒介性疾病が蔓延しやすい「危険な季節」が長期化する原因にもなります。

都市化が進むと自然生息地が減少し、野生動物との接触が増加して、重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)、鳥インフルエンザなどの人獣共通感染症が急増する恐れもあります。WEFはこうした状況を「永続的なパンデミック」と表現しています。

現代の医療システムは既存の医療問題で手一杯で、未知の病気に備える余裕はありません。英国では、国民保健サービス(NHS)の職の10分の1が埋まっていないのにも関わらず、2022年における非緊急治療の待機患者は約700万人にも上りました。世界保健機関(WHO)は、2030年までに世界中で約1,000万人の医療従事者が不足すると予測しており、その大半は低〜中所得国においてです[17]

政府による医療費削減は、健康に重大な影響を及ぼしかねません。それは先進国でも同様です。米国は、最大の人口層の世代がまだ退職していないにもかかわらず、医療費がすでに国内総生産(GDP)の約20%を占めています[18]

テクノロジーの進化による人類の救済を期待するのは早計です。なせなら、テクノロジー自体が格差を拡大するリスクを孕んでいるからです。

今後は、豊かな先進国が、AI、量子コンピューティング、バイオテクノロジーなどの最先端技術のメリットを独占していくでしょう。新興国は、現状を脱することができない限り、医療、気候変動の緩和、農業改善における最先端技術の急速な発展がもたらすメリットを逃してしまう可能性があります。

技術革新の進んだ国も、油断はできません。技術への依存が高まるにつれ、プライバシーの侵害、オンライン犯罪、サイバーテロなどの新たな危険に遭遇することになるからです。

しかし… こうしたリスク分析を考慮しても、まだ希望の光は残っています。

WEFは、国や社会という枠組みの中で行動変革を実施し、将来のリスクを緩和する方法をいくつか提示しています。

最先端技術による リスク回避

Abdul Latif Jameel(アブドゥル・ラティフ・ジャミール)の社長代理兼副会長を務めるファディ・ジャミールが、以前にこの記事などで述べたように、一番大事なことは、短期的な経済問題の解消のために、長期的な気候変動対策の目標を妨げることのないように注意することです。気候変動問題は、経済問題よりも人類の未来を脅かすはるかに深刻な問題だからです。

生活費高騰の危機は、今後2年間で人類が直面する深刻なリスクのトップに君臨しているものの、ほとんどの専門家は一時的なものと見ており、今後10年間の上位リスクからは完全に姿を消しています。10年の長いスパンで見れば、生態系の崩壊や大規模な非自発的移住などの上位リスクを無効化するのに地球温暖化対策が不可欠と考えられます。

国連によると、地球温暖化を1.5°C以下に抑えるためには、2030年までに温室効果ガスの排出量を45%削減し、2050年までに実質ゼロを目指す必要があります[19]。 そのためには、温室効果ガス排出量の約4分の3を占めるエネルギーセクターの変革が必須です。

石炭、天然ガス、石油を燃料とする火力発電所を、風力発電所やソーラーファーム(大規模な太陽光発電所)に早急に置き換える必要があります。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は、風力、太陽光、水力、バイオエネルギー、そして地熱発電所を組み合わせることで、2050年までにエネルギーの88%をグリーン化できると予測しています[20]

迅速なエネルギー対策は、環境面だけでなく、経済面でもメリットがあります。

エネルギーシステムの脱炭素化は、地球環境を守るだけでなく、2050年までに12兆米ドルのコスト削減が可能であるとの調査結果もあります[21]

さまざまな懸念の声が上がっているものの、技術の進歩にも多くのメリットがあります。最新式の風力タービンは大型化が進み、上空の気流のエネルギーを捉えることが可能です。2021年の米国における新しい風力タービンの平均容量は3MWで、2020年からは9%、1998〜1999年からは319%も上昇しています。[22][23]

太陽光発電についても同様の傾向が見られます。太陽光発電技術の進歩により、最近のソーラーパネルの発電効率は23%に達し、従来のシステムの発電効率(15%)を大きく上回っています[24]

また、技術の進歩により、世界的な垂直農業市場が急成長を続けており、2033年までにCAGR(年平均成長率)26%を達成し、340億米ドルの収益になると予測されています。こうした最新農法は、1m²あたりの収穫量を増加させ、節水を実現するのに役立ちます。[25]

気候変動がもたらす深刻なリスクを技術で回避できれば、私たちは人類の最悪の敵である 「人類」、つまり私たち自身に向き合うことができるでしょう。

将来のリスクを減らすための4つのステップ

将来のリスクに効果的に対応するためには、国別の取り組みではなく、国際協調が大切です。政治指導者は国境や大陸を超えて協力し合い、人類共通のリスクに共同で対応していく必要があります。

「保守的で、協調体制のない、危機が起きてからの後手のアプローチは短絡的であり、悪循環を繰り返す恐れがある」とWEFは主張し、代わりに「先を読み、先に備える厳格なアプローチ」により「長期的なリスクへの対応を強化し、より繁栄した世界に向けて舵を切る」ことが大切だと述べています。[26]

WEFは、リスクに対する世界的な対策を強化するために、次の4つのステップを提唱しています。

  • リスクの察知:データが示す兆候を素早く効果的に捉えるための戦略として、「ホライズンスキャニング(将来、社会に大きな影響をもたらす可能性のある変化の兆候をいち早く捉えるために、利用可能な情報を体系的・継続的に収集・分析すること)」と、「シナリオプランニング(将来的に起こり得る可能性を複数のシナリオとして描き、組織の進むべき道や具体的な対処を決めるための手法)」が推奨されています。このような戦略を組み合わせることで、気温上昇、国境紛争、パンデミックの発生など、将来起こりうるマクロ的な事象を事前に予測し、備えることができます。
  • 「未来」の再定義:公共政策が最近の災害に大きく左右されたり、取締役会の意思決定において喫緊の脅威の回避だけが重視される傾向があります。官民を問わず、どの機関や団体も短絡的なリスク回避に走らないよう注意する必要があります。
  • 俯瞰的な視点:政策立案者は、多くの危機が相互に関連していることを忘れてはなりません。例えば、気候変動と武力紛争のいずれもが、食料供給や飢餓問題に影響を与える可能性があることを考えてみてください。リスクに対処するためには、セクター横断的な対策が必要になることが多々あります。時には、ひとつの対策が複数のメリットをもたらすこともあります。例えば、教育への投資は、GDP、医療の質、生活水準の向上を同時にもたらす効果があります。
  • 共通のビジョン: 真に効果的な対策は、政府、非政府組織(NGO)、民間企業などの幅広い横断的な取り組みによりもたらされるものです。すでに、国家間のオープンなデータ共有は、自然災害やテロ事件などのさまざまなリスクから命を救いました。こうした協力体制は、将来のモデルとなるでしょう。

敗北主義的な諦めの態度は禁物です。変動性はリスク事象の確率を高め、安定性はその逆になります。WEF報告書の専門家は、今後10年で変動性は下がるとの見解を示しています。

アンケート回答者の82%は、2年後に「危機の連続」または「常に変動的」な状況を迎えることを予測しています。しかし、2033年までの長期スパンになると、この数値は54%に下がり、それ以外の回答者は、想定外の事態は局地的にとどまるか、比較的安定した状況になると予測しています。中には、世界的なレジリエンスが向上すると考える楽観的な向きもあります。

4つの未来の可能性

WEFは、目下の優先事項は、2030年までに「ポリクライシス」に盲目に陥るのを防ぐことだと述べています。ポリクライシスとは、天然資源不足に関連して複数の危機が絡み合い、個々のリスクの総和以上に影響が大きくなる状況を指します。

環境や地政学的、社会経済的なリスクにより、食糧、水、燃料、エネルギーなどの生活必需品をめぐる競争が激化する可能性を認識することが、危険なポリクライシスに対する最大の防御になります。

長期的なグローバルマインドセットを身につけることで、次の4つの全く異なる可能性の中から、未来を選択することが可能になります。

  • リソースの共有・共用:国際協力により、気候変動の最悪の影響を抑制し、世界的な食料サプライチェーンを確保します。水や金属、鉱物の不足は避けられないものの、適切に管理することで、新興地域の人道的危機を限定的に抑えることができます。
  • リソースの制約:さまざまな世界的な危機により気候変動対策が妨げられ、新興国で飢餓やエネルギー不足が起こります。政治不安が増し、深刻な人道的危機が発生します。
  • リソースの競争:国際競争が激化し、国家間の不信感が高まります。その結果、先進国に自給自足志向が広がり、世界的な貧富の差が拡大します。食料や水の需要は国内で賄えるものの、先進国における重要金属・鉱物不足で、価格競争や新たなパワー・ブロック(勢力圏)が生まれ、紛争が勃発する危険が高まります。
  • リソースの制御:地政学的な摩擦が気候変動による食料不足や水不足を悪化させます。さまざまな世界的な資源危機が起こり、社会経済にこれまでにないほど深刻な影響を与え、飢餓や干ばつによる難民が発生し、国家間の衝突が頻発する事態を招きます。

リスクの最も小さい、最善のアプローチが「リソースの共有・共用」であることは明らかです。民間セクターは、独自の立場から、この方向に社会をシフトしていく支援を行うことができます。

リスク軽減における民間セクターの役割

Abdul Latif Jameelは、民間資本の力を活用し、国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」持続可能な開発目標(SDGs)に沿って、気候変動対策とグリーンリカバリーを促進しながらグローバルリスクの軽減に努めています。

再生可能エネルギー事業部門のFotowatio Renewable Ventures(FRV)は、低価格なクリーンエネルギーを全人類に提供することを目指しており、中東、オーストラリア、ヨーロッパ、ラテンアメリカの全域で太陽光発電、風力発電、エネルギー貯蔵、ハイブリッド発電などの事業を展開しています。

FRVのイノベーション開発事業を担当するFRV-Xは、地域社会や一般家庭への安定した24時間の電力供給を実現するため、実用規模のバッテリーエネルギー貯蔵プラント(BESS)をはじめとするさまざまなエネルギー技術の開発を手がけています。すでに英国のドーセット州ホールズベイ、ウェスト・サセックス州コンテゴ、エセックス州クレイタイで先駆的なBESSプロジェクトを実施しており、オーストラリアのクイーンズランド州ダルビーでは太陽光発電所とBESSを組み合わせたハイブリッドプラントを建設しています。FRVは、2022年秋に英国でBESSプロジェクトを2件追加で受注し、ギリシャでもBESSプロジェクトの過半数株式を獲得しました。

また、最近ではドイツを拠点にインパクト主導の「サービスとしての太陽光発電」を提供するecoligo(エコリゴ)に1,060万米ドルを投資しました。2016年に創業したecoligoは、ボトムアップ型のアプローチを採用した太陽光発電システムの開発を手がけており、新興国の商業・産業界のクライアントと直接連携しながら、エネルギー需要に応える太陽光発電プロジェクトを実施しています。ecoligoは現在、ケニア、ガーナ、コスタリカ、ベトナム、フィリピン、チリなどの11か国で事業を展開しており、革新的なクラウド投資プラットフォームを活用して個人投資家から資金を調達しています。

資源の枯渇による未来のリスクを回避するための取り組みは、他にどのようなものがあるでしょうか。

Abdul Latif Jameel·Energy·and·Environmental·Services(アブドゥル・ラティフ・ジャミール・エネルギー環境関連サービス部門)傘下のAlmar Water Solutions(アルマー・ウォーター・ソリューションズ)は、高度な技術を駆使して水システムの質や効率性の改善に取り組んでいます。2022年にIoT専門企業のDatakorum(データコラム)と提携して投資を行い、e& Enterprise(イーアンドエンタープライズ、旧Etisalat Digital)のアブダビの水・エネルギーインフラ向けスマート通信プロジェクトを受注しました。このプロジェクトは、クライアントのエネルギー効率化を実現し、地域の水インフラのデジタル化に貢献して、インフラ運用の改善とスマートグリッドの整備を加速させることを目的としています。

一方、Community Jameel(コミュニティ・ジャミール)と共同で2014年にMITに設立されたAbdul Latif Jameel Water and Food and Systems Lab(J-WAFS/アブドゥル・ラティフ・ジャミール 水・食料システム研究所)は、世界人口の急増に備えて、安定した栄養供給を実現するための技術開発を進めています。また、Community JameelとMITの別の共同プロジェクトである、Abdul Latif Jameel Poverty Action Lab(J-PAL/アブドゥル・ラティフ・ジャミール貧困アクション・ラボ)は、科学に基づいた政策を推進しながら、世界の貧困の緩和に取り組んでいます。

 

[1] https://www3.weforum.org/docs/WEF_Global_Risks_Report_2023.pdf

[2] https://www.imf.org/en/Publications/WEO#:~:text=Description%3A%20The%20January%202023%20World,historical%20average%20of%203.8%20percent .

[3] https://www.jpmorgan.com/commercial-banking/insights/economic-trends

[4] https://www.pwc.co.uk/services/economics/insights/uk-key-trends-in-2023.html

[5] https://www.fao.org/newsroom/detail/un-report-global-hunger-SOFI-2022-FAO/en

[6] https://www3.weforum.org/docs/WEF_Global_Risks_Report_2023.pdf

[7] https://www.iea.org/reports/net-zero-by-2050

[8] https://www.who.int/health-topics/climate-change#tab=tab_1

[9] https://www.bbc.co.uk/news/newsbeat-48947573

[10] https://climate.nasa.gov/news/3232/nasa-study-rising-sea-level-could-exceed-estimates-for-us-coasts/#:~:text=By%202050%2C%20sea%20level%20along,three%20decades%20of%20satellite%20observations

[11] https://www3.weforum.org/docs/WEF_Global_Risks_Report_2023.pdf

[12] https://www.stockholmresilience.org/research/planetary-boundaries.html

[13] https://www3.weforum.org/docs/WEF_Global_Risks_Report_2023.pdf

[14] https://www.reuters.com/business/imf-sees-cost-covid-pandemic-rising-beyond-125-trillion-estimate-2022-01-20/

[15] https://www3.weforum.org/docs/WEF_Global_Risks_Report_2023.pdf

[16] https://www.who.int/teams/global-malaria-programme/reports/world-malaria-report-2022

[17] https://www.who.int/health-topics/health-workforce#tab=tab_1

[18] https://www3.weforum.org/docs/WEF_Global_Risks_Report_2023.pdf

[19] https://www.un.org/en/climatechange/net-zero-coalition

[20] https://www.irena.org/-/media/Files/IRENA/Agency/Webinars/07012020_INSIGHTS_webinar_Wind-and-Solar.pdf?la=en&hash=BC60764A90CC2C4D80B374C1D169A47FB59C3F9D

[21] https://www.oxfordmartin.ox.ac.uk/news/decarbonise-energy-to-save-trillions/

[22] https://windeurope.org/newsroom/press-releases/eu-wind-installations-up-by-a-third-despite-challenging-year-for-supply-chain/

[23] https://www.energy.gov/eere/articles/wind-turbines-bigger-better

[24] https://www.forbes.com/home-improvement/solar/most-efficient-solar-panels/

[25] https://www3.weforum.org/docs/WEF_Global_Risks_Report_2023.pdf

[26] https://www3.weforum.org/docs/WEF_Global_Risks_Report_2023.pdf