地球の環境問題について頭を巡らせると、その問題や解決策のあまりの規模の大きさに圧倒されて尻込みしてしまうかもしれません。

現在の状況に関する事実は、実に衝撃的です。

2050年までに、地球の気温は産業革命以前より1.5℃以上、さらに今世紀末までに2~4℃上昇すると予想されています[1]。2050年を迎える頃には、イギリスのロンドンが現在のスペインのバルセロナのように暑く感じられるようになるでしょう。ニューヨーク、メキシコシティ、モスクワなどの主要都市では、少なくとも4℃以上[2]の月間気温の上昇が予測されており、2030年から2050年の間に、熱中症、栄養失調、病気などにより約25万人の死者が出ることが予想されています[3]

一般的な解決策も、問題に比例して大規模です。地球温暖化を1.5℃未満に抑えるには、2030年までに年間30ギガトンの温室効果ガスを削減する必要があります[4]。国連の脱炭素ロードマップには、エネルギーセクターから8.2ギガトン、農業から6.7ギガトン、重工業から5.4ギガトン、輸送から4.7ギガトンの排出量を削減することが盛り込まれています。世界的な重工業の脱炭素化を進めるには、グローバルインフラストラクチャの抜本的な変革が求められます。化石燃料を使用する従来の発電所が巨大なソーラーファームやウインドファーム(集合型風力発電所)に代わり、バッテリー工場やエコ燃料の生産施設が至るところに現れ、大規模な炭素回収プロジェクトが実施される様子を想像してみてください。

日常生活を送る皆さんにとって、上記のようなことは遠い世界の話に聞こえるかもしれません。例えば、こんな気持ちが湧いてくるのではないでしょうか。「私ひとりが何を言ったところで、石炭を燃料とする火力発電所の建設を防ぐことはできない」 「乾燥に強い種子を開発する専門スキルは私にはない」 「個人的に飛行機を利用しなくても、飛行機による大気汚染はなくならない」

確かに、個人の力でネットゼロ目標を達成することはできません。しかし、個人の原動力を、私たちが暮らし、働き、生産する地域社会(ミクロ社会)のレベルまで拡大できれば、気候変動対策に大きく貢献することが可能です。

今、重要な地球温暖化対策として「持続可能なコミュニティ」が浮上しつつあります。草の根レベルで生まれたアイデア、技術、政策の中に、ネットゼロ目標を身近な課題として捉え、日々の暮らしの中で解決していくための重要なヒントが隠されているかもしれません。

持続可能なコミュニティへの取り組み

今後数世代にわたり健康的で安心・安全な暮らしを送り、幸せに生きるにはどうすればいいのでしょう? そのひとつの方法として、地元の再生可能エネルギーへの取り組みを中心とする「持続可能なコミュニティ」を推進していくことが挙げられます。

2019年以降、再生可能エネルギーは世界のエネルギー発電量の4分の1以上を占めるようになり、他のエネルギー源をはるかに抑える急成長を遂げています。分散型エネルギーソリューションは比較的労働力を要するため、環境保全だけでなく、雇用促進の面でも効果があります。再生可能エネルギー関連の雇用件数は2018年に1,100万件に達しており、その数は2050年までに4倍になる可能性があります[5]

では、コミュニティレベルのエネルギープロジェクトとは、実際にどのようなものなのでしょう?

デンマーク領のサムソ島は、100%再生可能エネルギーを達成した世界初の「グリーン」島として知られています。島民の年間カーボンフットプリントは、1人あたり11トン以上からマイナス12トンまで減少しました(そう、「マイナス」です)[6]。この人口4,000人あまりの島では、ネットゼロ目標の達成に向けて、さまざまなコミュニティプロジェクト(陸上・洋上風力タービン21基、バイオマス燃料を使用する地域暖房プラント4基)を実施してきました。

こうした公共資産のオーナーシップは、個人、投資家グループ、地方自治体、地域協同組合のあいだで共有されています。2030年までに完全な脱炭素化を実現するため、この島では交通・暖房部門を完全に再生可能エネルギーへ移行させ、海運業も電力や有機物を発酵させて生産するバイオガスのみに切り替えることが予定されています。

サムソ島は、その性質上、閉鎖された居住地区と言えます。では、この島を成功に導いた「持続可能なコミュニティ」の原則は、より都会的な環境でも成立し得るのでしょうか?

非営利のエネルギー協同組合であるRepowering London(リパワリング・ロンドン)の例を見る限り、その可能性は大きいと言えるでしょう。Repowering Londonは、燃料の貧困との戦い、温室効果ガス排出量の削減、新たな雇用創出の3つの目的を掲げています。

具体的な戦略の例としては、太陽光発電を活用した公営住宅(ソーシャルハウジング)への個人・法人の投資誘致が挙げられます。電力の販売で得た利益は、コミュニティに還元されます。

Repowering Londonは、わずか10年の間に700kWp以上の太陽光発電所を設置し、約779トンの二酸化炭素排出量を回避しただけでなく、76万8,000ポンドの資金調達を達成し、20万ポンドを超える収益を創出してコミュニティの向上に役立てました[7]。また、Repowering Londonは、地域社会のスキルアップを目指し、若い世代を対象に地域電力プロジェクトを運営するための財務/法律/マーケティング/技術的な教育を実施しています。

英国の他の地域でも、Ouse Valley Energy Services Company(ウーズ渓谷エナジー・サービス・カンパニー/OVESCO)や、Brighton Energy Cooperative(ブライトン・エナジー協同組合/BEC)など、協同組合が運営する小規模なエネルギーシステムが各地で誕生しています。

OVESCOがイースト・サセックス州で実施しているプロジェクトには、数百名の地元株主に支援されている6MWの太陽光発電プロジェクトがあります[8]。これまでの大きな成果としては、屋上ソーラーアレイ15基、ソーラーファーム1基、家庭でのマイクロ発電に関する100万ポンドの資金調達、1,000件以上のエネルギー電話相談、学校・企業・住宅所有者の燃料費の削減などが挙げられます。OVESCOは、ウーズ渓谷地域の4,000世帯以上の電力を賄うことができる17MWの太陽光発電所の新設計画を申請しました。

イースト・サセックス州の近隣プロジェクトであるBrighton Energy Cooperativeは、ブライトン・アンド・ホーヴ周辺の大規模な太陽光発電プロジェクト91件に対し、すでに350万ポンド相当のコミュニティ投資を調達しています[9]。コミュニティ利益組合であるBECは、地域社会の有志(利害関係者)により運営されています。誰でも3,000ポンド~10万ポンドの投資が可能ですが、投資家はその投資額に関わらず、BECの意思決定における一票を得ることができます。

地元の企業は、太陽光パネルを設置するための屋上スペースを借りて、電気料金を全国平均より30~40%抑えることができます。BECは次のプロジェクトとして、近隣の港に約2,000枚のソーラーパネルを設置する750kWpのソーラーファームの建設を計画しています。

こうした成功例は、氷山の一角かもしれません。ある研究では、欧州全域で市民主導の資金調達プロジェクトを実施すれば、ヨーロッパ大陸における2030年の気候変動目標を達成する上で不足している1,790億ユーロ相当の資金を補い、欧州の再生可能エネルギーの割合を32%まで引き上げることができると示唆しています[10]

コミュニティ単位のエネルギーモデルが進化し、高度化されるにつれ、バッテリーエネルギー貯蔵システムの普及率も増加しています。生産性の高い時間帯に生成された電力を、太陽光や風のない時に利用することで、24時間安定した電力供給が可能です。Abdul Latif Jameel Energy(アブドゥル・ラティフ・ジャミール・エナジー)は、再生可能エネルギーの主要部門であるFotowatio Renewable Ventures(FRV)のイノベーション部門、FRV-Xを通じて、こうした取り組みを推進しています。FRV-Xは、一般世帯や企業に24時間電力を供給するための先駆的なバッテリーエネルギー貯蔵システムを開発しています。英国のドーセット州ホールズベイとウェストサセックス州コンテゴにおける蓄電プロジェクトはすでに稼働しており、英国最大の電力貯蔵プロジェクトとなるエセックス州クレイタイの蓄電施設(ピーク電力99MW、設置容量198MWh)も2023年後半に操業となる見込みです。

FRV-Xは、急速に普及しつつあるエコファンディング・モデルとして 「グリーンエネルギーの投資型クラウドファンディング」を支援しています。

ドイツに本拠地を置き、「サービスとしての太陽光発電」を提供するecoligo(エコリゴ)は、革新的なクラウド投資プラットフォームを駆使して個人投資家から資金を募り、新興市場における太陽光発電プロジェクトを推進しています。

FRV-Xは最近、ケニア、ガーナ、コスタリカ、ベトナム、フィリピン、チリなど11ヶ国で事業を展開するecoligoに1,060万米ドルを投資しました。

ecoligoの開発プロジェクトは、画期的なクラウド投資プラットフォームを通じて、個人投資家から資金を調達しています。FRV-Xのecoligoへの投資により、新興市場における太陽光エネルギーの普及化と、事業成長計画が加速的に進んでいくでしょう。

環境に優しい方法で、地域レベルで企業や一般家庭に電力を提供するソリューションは手の届くところにあるようです。しかし、コミュニティの要となる食料安全保障についてはどうでしょう? 地域別に持続可能な農業を運営することは可能なのでしょうか?

着実な食料安全保障を目指して

現在、世界各地で持続可能な食料生産を試みる地域主導の農業プロジェクトが実施されています。こうしたプロジェクトの中には、すでにコミュニティに大きな変革をもたらしているものもあれば、世界のモデルケースになり得る地域重視型の小規模農業もあります。

世界自然保護基金(WWF)は、コミュニティ重視の農業について「気候と自然の両方を保護するソリューションの一環であり、人類と地球に利益をもたらす公平かつ持続可能で、レジリエントな食料システムの実現に貢献できる」と述べています[11]

WWFは、アフリカの貧困地域における食料安全保障と、地域社会の活性化をもたらす2つのプロジェクトを実施しています。

ひとつはモザンビーク初の自然保護区にある250万エーカーの海洋領域を利用した「Primeiras e Segundas(プリメイラス・エ・セグンダス)」プロジェクトです。耐久性のある農業に関する戦略の特徴には以下があります。

  • 村の貯蓄貸付組合特に女性対象)
  • 漁業の再生に向けた禁漁区の設定
  • 海岸線を守るためのマングローブの植林
  • 食料安全保障を確保するための気候変動に強い種子の導入

同様のモデルを検討している他の新興地域にとって幸いなことに、この取り組みはこれまでのところ、前向きな成果を示しています。食物多様性が25%増加したのをはじめ、漁船の70%以上が漁獲量の増加を報告しており、年間を通じて食料を確保できる世帯数も13%増加しました。

タンザニアのSouthern Agricultural Growth Corridor of Tanzania(南部農業成長回廊)では、複数の村が同じ水域を共有しています。そのため、地元の代表者が集まり、土地のゾーニングや資源の管理に関する意思決定を行っています。主な成果は以下の通りです。

  • 6つの村が所有する土地の利用計画(農業地帯、672エーカーの湿地保護区、3万5,000エーカーの森林)
  • 1万2,000本の植樹をはじめ、水源109ヶ所、蜂の巣400個、井戸38本、養魚池8ヶ所を新たに設置
  • 個人に対する政府発行の土地所有権2,922件の付与(内訳:女性45%、若者27%)

持続可能なコミュニティに急速に移行していくためには、予測不能な未来に備えたデータドリブンな支援が必要です。Jameel Observatory(ジャミール・オブザーバトリー)は、低中所得国が未来の環境問題を事前に予測し、備えるための支援を提供することを目的に設立されました。主に Jameel Observatory for Food Security Early Action(食料安全保障早期対策プログラム)Jameel Observatory Climate Resilience Early Warning System Network(気候変動に対するレジリエンスを高めるための早期警報システムネットワーク)の2つのプログラムを運営しています。

ケニア、ナイロビの国際家畜研究所に拠点を置くJameel Observatory for Food Security Early Actionは、牧畜コミュニティの回復力と気候変動への適応力を高めることを目的とする国際パートナーシップです。現地の知識と科学的な洞察力を組み合わせた迅速な行動と早期解決を通じて、未来の食料不安や栄養不良を克服することを目指しています。

マサチューセッツ工科大学(MIT)が主導するJameel Observatory Climate Resilience Early Warning System Network(Jameel Observatory-CREWSnet)は、最先端の気候予測、地域・地方データ、社会経済分析を駆使して、脆弱なコミュニティにおける生命、暮らし、資産の損失を最小限に抑えるための支援活動を行っています。

より成熟した市場でも、持続可能な食物づくりに関するコミュニティレベルの草の根プロジェクトが生まれつつあります。現在、欧州委員会の研究助成プログラム「ホライズン・ヨーロッパ」の一環として、ProGIreg(Productive Green Infrastructure for post-industrial Urban Regeneration/脱工業化時代の都市再生に向けた生産性の高いグリーンインフラ)と呼ばれる複数のコミュニティで自然に基づいた食料戦略が試行されています[12]

ProGIregのパイロットスキームは、都市部にある未利用の土地を活用し、生産性の高いコミュニティガーデンを構築するものです。

  • イタリアのトリノでは、サンゴーネ公園やピエモンテ公園内の放置された土地を社会的農業区域に指定したり、学校やパブリックスペースに菜園やマイクロガーデンを設けています。
  • ドイツのドルトムントでは、地域住民の手により2,000㎡の「自立した」森林が作成されました。土壌肥沃度を高めるため、敷地内にパーマカルチャー果樹園が設置されています。
  • ヨーロッパで最も人口密度の高い自治体のひとつであるギリシャのピレウスでは、都市型農場、アクセス可能な緑の回廊、受粉のための植栽に重点的に取り組んでいます。

クロアチアのザグレブには、ProGIregが掲げる複数の持続可能な農業戦略のプロトタイプとして、食肉加工場の跡地を利用した都市型農場が設立されています。その農業戦略とは、グリーンウォール、垂直農法、アクアポニックスです。

アクアポニックスとは、魚や甲殻類を育てる水槽から得られる栄養豊富な「培養液」を使用して水耕栽培を行うものです。農家が野菜の栽培と水産養殖を同時に行うことで、地域社会に経済的な安定をもたらし、栄養素を確保できます。アクアポニックスは肥料が不要で、農薬の使用も限られています。また、従来の農業に比べ、1エーカーあたりの生産高は約10倍と言われています[13]。屋外での農業に比べて水の使用量を80%~95%削減でき、機械化された農業に比べてエネルギー使用量を75%抑えることも可能です。世界のアクアポニックス産業は今、飛躍的に成長しており、その評価額は2015年の3億米ドルから、2030年には25億米ドルに達すると予測されています。[14][15]

グリーンウォール(リビングウォール)とは、建物の壁面に植栽を行い、生物多様性の向上を図るものです。さまざまな植物や受粉媒介者(昆虫)を育て、果物やハーブの垂直庭園をつくることができます。また、グリーンウォールには、軽度の汚染水から栄養分を摂取できる植物を活用し、効率的に水を再利用できるメリットもあります。

自然の冷却・暖房効果のあるグリーンウォールは、温暖化が進む未来において、より持続可能なコミュニティの実現に一役買うことになるでしょう。外壁の壁面を緑化しておくと、夏季に建物の表面温度を最大12℃[16]まで下げられることが明らかになっています。また、冬季は断熱効果により、暖房の使用を抑えることができます。さらに、植物の葉からの蒸発散は、都市の「ヒートアイランド現象」(郊外に比べ、人の活動が多い都市部において気温が3~4℃上昇する現象)の抑制にも役立ちます。

外壁と同様に、屋内の緑化にも大きな期待が寄せられています。屋内のグリーンウォールと言えば、垂直農法です。直射日光に頼らなくても、再生可能エネルギーを利用したLED照明があれば、作物を効率よく柱状に積み重ね、高密度で栽培できます。垂直農法は、建物、地下トンネル、未使用の輸送用コンテナなど、ほぼどこでも実施できます。垂直農法の市場規模は、2018年の17億2,000万ポンドから、2026年には98億4,000万ポンドまで成長すると見られています。特に、米国と日本は早期から垂直農法をさかんに導入しています[17]

コミュニティ内で垂直農法を行うことで、年間を通して作物の生産が保証されるだけでなく、長距離輸送による二酸化炭素の排出も削減できます。垂直農法は毎年15回まで収穫が可能です。また、管理された環境下で栽培を行うため、作物の鮮度を保ちやすいのも特徴です。従来の農法では3~4日程度しか鮮度を保てないのに対し、垂直農法は13~14日程度鮮度を維持できます[18]

垂直農法は、すでに市場で存在感を示しています。ドバイに拠点を置く世界最大のECO1は現在、ほうれん草からルッコラまで年間900トン以上の野菜を生産しています。水の使用量は、畑作に比べて95%削減されました。

100社以上の航空会社にサービスを提供する世界最大級のケータリング事業者、Emirates Flight Catering(エミレーツ・フライト・ケータリング)と、テクノロジーを駆使した屋内垂直農法の分野を牽引するCrop One(クロップワン)の合弁事業、Emirates Crop One(エミレーツ・クロップワン)が設立したブスタニカ施設内の様子 写真提供:© Bustanica

ヨーロッパ最大の垂直農場は、デンマークのコペンハーゲン郊外にあるNordic Harvest(ノルディックハーベスト)です。7,000㎡の敷地に14段重ねで植物を栽培しており、本格稼働時には年間1,000トンもの食料を供給できます。

現在、室内で発芽させることができるのは、葉野菜、花木、ハーブなど特定の種に限られていることから、これからもさらに市場拡大の余地があります。遺伝学者は、垂直農法のレパートリーを果物や根菜類、サヤ豆類、固定種野菜などに広げるための研究に日々取り組んでいます。ドイツのバイオテクノロジー企業Bayer(バイエル)とシンガポールの投資会社Temasek(テマセク)は、2020年にスタートアップ企業Unfold(アンフォールド)を立ち上げ、屋内の垂直農法に特化した食用作物の新品種開発に資金を提供しました[19]

これからは、コミュニティの概念を超えて、農業を基盤とする住宅コミュニティ「アグリフッド」が主流になるかもしれません[20]。一般的に、アグリフッドは緑地、果樹園、温室、共有キッチンを備えており、住宅にはソーラーパネルや堆肥化施設が設置されています。

米国の郊外には、アグリフッドがすでに約150ヶ所存在しており、その数は常に増え続けています[21]。デトロイトにある7エーカーの農場では、30種類を超える果物、野菜、ハーブを栽培して地元のマーケットで販売しています。夏季には、毎週40~50名のボランティアが訪れています[22]

グローバルな視点で見ると、新興国における基本的な食料安全保障プロジェクトから、成熟市場におけるファッショナブルなアグリフッドまで、都市農業に対するさまざまなアプローチが競合しています。こうしたアプローチは、「持続可能なコミュニティ」の概念が世界的に普及していく中で、ベストプラクティスの原則を確立するのに役立つでしょう。

ただし、持続可能な暮らしは、地元の住民から政府に至るまで、社会のあらゆる層の協力がなければ実現は不可能です。

人々のパワーと強力な政策がカギ

これまで見てきたように、地元に根ざした取り組みは希望の光を灯し続け、食料安全保障を推進しています。しかし、真の意味で持続可能なコミュニティを形成するには、より総合的なアプローチが不可欠です。そのため、草の根的な取り組みは、未来を見据えた保全改修などの戦略にまで広がりを見せています。

地域一体となって植樹活動を実施したり、河川や小川の清掃活動を行っているところもあれば、熟練したボランティアチームが、公共施設のエネルギーの効率化や断熱性の向上に取り組んでいるケースもあります。

「持続可能なコミュニティ」の概念の中には、トランジション・ストリート/タウン(自分たちの望む町を自分たちでつくっていこうというまちづくりの取り組み)や、町全体で二酸化炭素の排出削減を目指すCarbon Rationing Action Groups(CRAGs)などの行動イニシアチブもあります。

トランジション・ストリート/タウンは、地元の住民が協力してエネルギー消費量や廃棄物を削減したり、カーシェアリングで二酸化炭素排出量を削減したりなど、環境に優しいライフスタイルを実践するものです。英国デヴォン州の初期のスキームでは、1軒あたり1.2トンの二酸化炭素排出量を削減し、家庭用電気料金を年間約570ポンド節約することに成功しました[23]

主に米国と英国で顕著なCRAGsは、環境に配慮する個人や組織からなる非公式団体です。1人当たりの年間二酸化炭素排出量に合意し、その上限を超えて二酸化炭素を排出した場合は、違約金を支払う仕組みになっています。

持続可能なコミュニティづくりを推進するためには、政府の支援も欠かせません。英国の固定価格買取制度(FIT)は、家庭や企業が生成した小規模な電力を送電網に供給することで対価を得るものです。このような制度は、国の政策の重要性を物語っています。

英国政府が2010年にFITを導入してから5年以内に150~200件の地域エネルギー事業団体が太陽光、風力、水力、バイオマス発電施設を所有するようになり、送電網に余剰電力を供給するようになりました。しかし、2015年に政府が小規模な再生可能エネルギー事業への支援を打ち切った途端、FITは頭打ちとなり、年間約30件ほどあった地域エネルギー事業団体の新規設立件数が、2017年にはわずか1件となっています。

草の根的な取り組みへの熱意は依然として高いものの、その成功には政治的な支援が不可欠であることは明らかです。ある最近の世論調査では、82%に上る回答者が、地域での自家発電を推進するために政府がもっと努力すべきだと考えていることが明らかになりました。また、69%は、地域エネルギー事業に投資する先進的な投資家に対し、政府が税制上の優遇措置を提供すべきだと主張しています[24]

国の支援は、持続可能なコミュニティの概念を広く普及させるのに役立ちます。持続可能なコミュニティの価値を認めるなら、その仮説を持続可能な都市まで広げてみてはどうでしょう?

「コミュニティ」の概念に規模の制限はない

すべての施設が徒歩または自転車や電動スクーターで行ける場所にあり、交通機関による二酸化炭素の排出量を抑えられる都市があるとしたら、どう思いますか? それが、15分都市(FMC)の掲げるビジョンです。生活に不可欠な施設(勤務先、ショップ、教育機関、医療機関、レジャー施設など)にすべて15分足らずでアクセスできることを目指しています。

このように「完結したコミュニティ」を実現するには、交通プランナー、アーバンデザイナー、政策立案者の参画による多方面からのアプローチが不可欠です。また、超高速ブロードバンド回線の普及により、新型コロナウイルス感染症の流行時に在宅勤務が増えたように、企業の協力も大きな力となるでしょう。

FMC構想は、フランスの首都、パリの市長が2020年にFMCの原則の導入を提案したことで一躍人気となりました。FMCは今、大陸をまたいで脚光を浴びています。中国では上海、保定、広州の各都市、イスラエルではテルアビブ、イタリアではサルデーニャ島カリャリ、米国ではオレゴン州ポートランド、南米ではコロンビアボゴタ、オーストラリアではビクトリア州の首都メルボルンでFMCプロジェクトが進んでいます。

一方で、これまでの都市をエコ仕様に変更する代わりに、一から持続可能なコミュニティをデザインするのはどうでしょう?

それがまさに、サウジアラビア北西部で開発が進んでいる持続可能なスマートシティ「Neom(ネオム)」が掲げる構想です。2万6,500㎢の広大な敷地に、浮体式工業団地、国際貿易ハブ、観光リゾートなどの複数地域で構成される100%再生可能エネルギーの都市開発が進んでいます。

このプロジェクトは、サウジアラビアの政府系ファンドが5,000億米ドル以上の開発資金を調達しています。スマートシティの完成後は、自給自足で運営されます。2039年の完成を目指すNeomは、16,000エーカーの農地に高収量の遺伝子組換え作物を栽培する予定です。すでに2,930MWの太陽光発電所、1,370MWの風力発電所、400MWのバッテリーエネルギー貯蔵システム、約190kmにわたる送電網の建設委託契約が交わされています。

Neomはニューヨーク市の33倍の広さがあり、最終的に人口約900万人を擁する予定です。こうした持続可能なコミュニティの構想を高みへ導くのは、意欲とスキルのある人々です。

人類:運命を共にする社会的な動物

サステナビリティという本質的な問題に取り組む際に「コミュニティ」の持つ可能性を無視するのは近視眼的と言えるでしょう。特に、今後はこれまでにないほど多くの人々が都市生活の課題に直面することになります。

現在、都市部には約20億人の人々が暮らしています[25]。その半数は「都市のスラム」と呼ばれる荒廃した地域に住んでいます。今後20年で都市部の人口が40億に倍増することが予測される中、人々は本能的に集団で行動することを止めないでしょう。

グローバルに考え、ローカルに行動することで、2030年までに国連が掲げる17の持続可能な開発目標(SDGs)を達成するのにコミュニティが非常に重要な役割を果たす可能性があります。国連が掲げる目標には、飢餓や貧困の撲滅に加え、すべての人に安全な水、衛生設備、グリーンエネルギーを提供することなどが挙げられます[26]

特に、目標11(住み続けられるまちづくりを)は、「包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する」ことを目指しています。国連が認める都市部に存在する生活の質(QOL)の格差は、「非公式集落」に住む10億人の都市貧困層が最も顕著に感じていることでしょう。行きすぎたサービス、インフラ、雇用、土地、手頃な価格の住宅をめぐって競争が繰り広げられています。

目標11のターゲットには、「すべての人が、安い値段で、安全に、持続可能な交通手段を使えるようにする」「災害による死者数と経済的な損害を大きく減らす」「都市に住む一人ひとりが環境に与える影響を減らす」などが含まれています。

国連が昨年発表したSDGsの進捗報告書では、進捗状況にばらつきがあることが明らかになりました[27]

  • 現在、過去最多の都市(117ヶ国、6,000都市以上)で大気環境のモニタリングが行われていますが、大気の質は、依然として世界的に基準値を下回っています。大気中の微粒子は全体的に減少しているものの、世界の都市生活者の99%は、世界保健機関(WHO)が提唱する新しい大気質ガイドライン(1立方メートルあたり5マイクログラム未満)を超える地域で暮らしています。特に新興国の人々は、先進国に比べてはるかに大きな影響を受ける傾向があり、若年死者数420万人の91%が大気の質に起因するものと考えられています。
  • 現在、約3分の2の国々が地域別の災害リスク軽減のための戦略を策定しています。これは2015年の約2倍です。各国は、地域レベルでの災害リスク軽減と気候変動への適応を関連づけて考慮するようになりましたが、リスクは連鎖しやすいことから、マルチハザードを考慮したアプローチによるレジリエンスの向上が必要です。
  • 2020年時点で、都市圏で公共交通機関が利用できるエリアは約37%に過ぎず、2030年には、道路の走行車数が2015年に比べて倍増すると言われています。報告書には、政府が依然として「安全で信頼性の高い、効率的な公共交通システムの普及」という大きな課題に直面していることを指摘しています。
  • 都市部のごみは、回収・処理されないまま放置されると病気の巣窟となり、温室効果ガスを排出します。2022年における世界の廃棄物の平均回収率は82%で、半分以上が管理の行き届いた施設で処理されています。しかし、サハラ以南のアフリカとオセアニア地域は、ごみの平均回収率が依然として60%未満であり、廃棄物管理インフラへの巨額な投資が必要であることが示唆されています。

民間セクターは、持続可能なコミュニティのネットワークを基盤とする未来のグローバル社会に向けた歩みを率先することが可能です。民間資本は、政治情勢や四半期ごとに利益を求める株主の圧力とは無縁の長期的な視点に立った「寛容資本」だからです。

Abdul Latif Jameel(アブドゥル・ラティフ・ジャミール)では、持続可能な未来に向けて貢献することを目指しています。

Abdul Latif Jameel Energy and Environmental Services(アブドゥル・ラティフ・ジャミールエネルギー環境サービス)の事業部門であるAlmar Water Solutions(アルマー・ウォーター・ソリューションズ)は、サウジアラビアにある中東最大級の海水淡水化プラント「Shuqaiq 3(シュカイク 3)」をはじめ、最先端の海水淡水化/廃水処理/リサイクルプラントの建設を通じて、飲料水や工業用水の生産を行っています。また、Community Jameel(コミュニティ・ジャミール)とMITが2014年に共同で設立したAbdul Latif Jameel Water and Food and Systems Lab(J-WAFS/アブドゥル・ラティフ・ジャミール 水・食料システム研究所)は、世界人口の急増に備えて、安定した栄養供給を実現するための技術開発を進めています。

Fady Jameel
ファディ・ジャミール

Abdul Latif Jameel社長代理兼副会長

さらに、Abdul Latif Jameelは、グリーンエネルギーの普及を通じて、より持続可能なコミュニティの開発に貢献しています。FRV-Xの革新的なバッテリーエネルギー貯蔵プロジェクトに加え、FRVは、すべての人に低価格のクリーンエネルギーを提供することを目標に掲げ、中東、オーストラリア、ヨーロッパ、中南米における太陽光/風力/蓄電池/ハイブリッドエネルギー関連プロジェクトのポートフォリオを着実に拡大しています。

「21世紀にふさわしいコミュニティとは、レジリエントな自給自足のコミュニティに他なりません」とAbdul Latif Jameel社長代理兼副会長のファディ・ジャミールは語ります。

「私たちは、民間資本の力と国際パートナーのたゆまぬイノベーションを通じて、『持続可能なコミュニティ』という先進的な構想を現実のものにするための支援を行っています」

「持続可能なコミュニティでは、家庭に暖房や食料が行き届き、企業が発展していくことで、安心・安全な暮らしを享受できます。それは、これから地球を託す未来の世代にも脈々と受け継がれていくのです」

 

[1] https://dnr.wisconsin.gov/climatechange/science#

[2] https://www.bbc.co.uk/news/newsbeat-48947573

[3] https://www.who.int/health-topics/climate-change

[4] https://www.unep.org/interactive/six-sector-solution-climate-change/

[5] https://www.rapidtransition.org/stories/reclaiming-power-the-rapid-rise-of-community-renewable-energy-why-the-added-benefits-of-local-clear-power-can-help-accelerate-transition/

[6] https://www.rapidtransition.org/stories/reclaiming-power-the-rapid-rise-of-community-renewable-energy-why-the-added-benefits-of-local-clear-power-can-help-accelerate-transition/

[7] https://www.repowering.org.uk/

[8] https://ovesco.co.uk/

[9] https://www.brightonenergy.org.uk/

[10] https://www.rapidtransition.org/stories/reclaiming-power-the-rapid-rise-of-community-renewable-energy-why-the-added-benefits-of-local-clear-power-can-help-accelerate-transition/

[11] https://www.worldwildlife.org/stories/local-communities-are-key-to-equitable-sustainable-food-systems

[12] https://progireg.eu/the-project/

[13] https://inmed.org/aquaponics-farming-facts/

[14] https://fish20.org/images/Fish2.0MarketReport_Aquaponics.pdf

[15] https://www.globenewswire.com/en/news-release/2023/02/16/2609905/0/en/Aquaponics-Market-Size-Worth-USD-2-464-29-Million-by-2030-at-14-1-CAGR-Report-by-Market-Research-Future-MRFR.html

[16] https://earth.org/data_visualization/green-walls-in-an-increasingly-urban-world/

[17] https://www.fwi.co.uk/arable/crop-management/why-vertical-farming-is-growing-in-the-uk

[18] https://www.weforum.org/agenda/2022/05/vertical-farming-future-of-agriculture/

[19] https://www.accenture.com/us-en/blogs/chemicals-and-natural-resources-blog/vertical-farming

[20] https://www.yesmagazine.org/social-justice/2019/11/05/food-community-detroit-garden-agriculture

[21] https://www.weforum.org/agenda/2018/04/rich-millennials-are-ditching-the-golf-communities-of-their-parents-for-a-new-kind-of-neighborhood

[22] https://www.yesmagazine.org/social-justice/2019/11/05/food-community-detroit-garden-agriculture

[23] https://www.theguardian.com/lifeandstyle/2014/apr/25/transition-streets-growing-success-communities-conserve-energy

[24] https://www.rapidtransition.org/stories/reclaiming-power-the-rapid-rise-of-community-renewable-energy-why-the-added-benefits-of-local-clear-power-can-help-accelerate-transition/

[25] https://www.worldbank.org/en/topic/sustainable-communities

[26] https://sdgs.un.org/goals

[27] https://unstats.un.org/sdgs/report/2022/The-Sustainable-Development-Goals-Report-2022.pdf